一日一曲(1523)ショスタコーヴィチ、ドミートリー:24の前奏曲とフーガ

 本日は、没後50年(1975年8月9日没)を迎えらえたロシアの作曲家、ドミートリー・ショスタコーヴィチさん特集の2回目です。

 この「プラウダ批判」はスターリンによる意見であることがほのめかされ、ショスタコーヴィチさんをはじめとする当時の文学や音楽、美術などに携わる芸術家に対する警告として受け止められました。芸術問題委員会が開催され、芸術分野の多くの人々が召集を受け、ショスタコーヴィチさんのオペラについて議論がなされました。結局、ショスタコーヴィチさんは自己批判することを余儀なくされました。この影響で、批判前に作曲し、オーケストラでリハーサルまでしていた交響曲第4番の初演は撤回を強いられてしまいます。ショスタコーヴィチさんの友人や親類たちが次々に逮捕・処刑されていきました。ショスタコーヴィチさん自身も同じく粛清の危機にさらされましたが、批判の翌年の1937年、ショスタコーヴィチさんは交響曲第5番を作曲、名誉回復をこの曲に賭けました。この交響曲第5番は、共産党から『社会主義リアリズムを踏襲した作品』とのお墨付きを得、辛くも名誉回復となりました。その後しばらくショスタコーヴィチさんは、それまでの作風から一転し、政府が自国の音楽に求めた「社会主義リアリズム」の路線に沿う作風の作品を発表し続けることとなりました。

 本日の曲はピアノ独奏曲「24の前奏曲とフーガ」です。1950年に東ドイツのライプツィヒで行われたJ.S.バッハ没後200年祭に参加したショスタコーヴィチさんは、そこで「バッハ没後200周年記念のライプツィヒ・ヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクール」の優勝、モスクワ音楽院出身のロシアのピアニスト、タチアナ・ニコラーエワの演奏を聴き、大いに感銘を受けます。同時にバッハの偉大な芸術に触発され、ピアノ曲を書き始めました。当初は自分のピアノ演奏の技術の集大成のために数曲を創る予定でしたが、次第にその構想は大掛かりとなり、最終的にはバッハの傑作「平均律クラヴィーア曲集にならい、24の調性をすべて使用してプレリュードとフーガを対にした24曲の曲集を完成させました。1951年2月に完成された作品は、同年12月にニコラーエワの独奏で初演されました。
 どの曲も魅力的で、ショスタコーヴィチさんの実力が遺憾なく発揮された名曲集です。強いて挙げれば、個人的にはプレリュードでは第1番、フーガでは第7番が好みです。
 本日は、曲の誕生のきっかけとなり、同時に本曲の初演者ともなったタチアナ・ニコラーエワさんの演奏でどうぞ。曲の誕生から40年後、ニコラーエワさんが亡くなる2年前の録音です。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ショスタコーヴィチ、ドミートリー:24の前奏曲とフーガ

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