一日一曲(1669)マーティン、ジョージ:アダージェット
本日は、生誕100年(1925年1月3日生)及び没後10年(2015年3月8日没)を迎えらえたイギリスの作曲家、ジョージ・マーティンさんの曲をご紹介します。
マーティンさんは1926年1月3日、ロンドンのハイベリーで生まれました。6歳で音楽に興味を持ち、8歳からピアノ指導を受けました。しかし母親とピアノ講師と折り合いが悪かったことから、レッスンは中断。その後は独学でピアノを学びました。第二次世界大戦が始まると、家族と共にウェリン・ガーデン・シティに避難し、現地のグラマースクールで演劇やダンスを学びました。1943年にイギリス海軍へ入隊し、航空隊に配属される。一度も戦闘に参加しないまま1947年に除隊、退役軍人補償金を得てギルドホール音楽演劇学校へ入学し、クラシック音楽の基礎を学びながら、オーボエとピアノを専攻しました。卒業後はオーボエ奏者として活動した後、BBC音楽部門勤務を経て、1950年に就職したEMIアビー・ロード・スタジオで多くの録音に携わりました。
マーティンさんは音楽プロデューサーとしての活躍や名声の方が高い方です。1962年にデッカ・レコードに不合格となったビートルズを採用し、共同作業者として大成功を収めました。ビートルズの楽曲におけるクラシック的アプローチやオーケストレーション、複雑なサウンド・エフェクトの多くは、マーティンさんとの共同作業によるものでした。代表的な例として「ペニー・レイン」におけるピッコロ・トランペットのソロがあげられます。また、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」ではテンポもキーも違った二つの曲を一つの曲にする離れ業を行うなど、メンバーからの困難なリクエストに応え、その音楽的な成功に大きく貢献しました。マーティンさんは「曲のアレンジについて、ポールは音楽的に解り易く説明してくれたので、それに基づいて譜面を書けばよかったけど、ジョンは曲のイメージを抽象的に説明することが多く、彼のアイディアを実現するのには少々苦労した」と振り返っていらっしゃいます。その後もジェフ・ベック、アメリカ、チープ・トリック、ポール・マッカートニーなどのプロデュースを手がけました。1997年、ダイアナ妃を追悼したエルトン・ジョンの「キャンドル・イン・ザ・ウィンド97」が、マーティンさんにとってイギリスにおける30曲目のチャート1位作品となりました。1999年、聴力の衰えを理由にプロデューサー・エンジニアを引退。その後は講演会活動などで活躍されました。2016年3月8日、コールズヒルの自宅にて90歳で亡くなられました。
本日の曲は「アダージェット」です。本日の演奏はハーモニカの独奏です。原曲はヴァイオリンあたりのために創られたのではないかと想像していますが、どうなのでしょうね?本曲、ハーモニカの哀切な音色が本曲にはピッタリですね。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
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