一日一曲(1690)ホフマン、E・T・A:交響曲変ホ長調

 本日は、生誕100年(1925年12月10日生)を迎えらえたチェコの作曲家、E・T・A・ホフマンさんの曲をご紹介します。2022年6月25日に没後200年でUPして以来2回目の登場となります。

 ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann)さんは、1776年1月24日、プロイセン王国の港町ケーニヒスベルク(現ロシア・カリーニングラード)に生まれ、1822年6月25日、ベルリンで没しました。ドイツ・ロマン派を代表する幻想文学の作家として知られますが、その内奥には終生燃え続けた音楽家としての自意識がありました。
 幼少期に両親が別居し、ホフマンさんは母方の家庭で育てられます。叔父がアマチュア音楽家であったことから、早くから音楽に親しみ、ピアノ、ヴァイオリン、作曲の基礎を学びました。体系的に音楽院で学んだわけではなく、主として個人教授と独学によって音楽理論や作曲技法を身につけています。一方で大学では法学を修め、国家官吏としての道を歩み始めました。この二重生活こそが、後のホフマン像を決定づけることになります。
 官吏として各地を転任する中でも、彼は作曲、指揮、批評を続け、オペラ《ウンディーネ》(1816)の成功によって、音楽家として一時は大きな名声を得ました。また、音楽評論家としても卓越した洞察を示し、とりわけベートーヴェンの交響曲第5番の分析は、音楽を「内的精神の表出」として捉える新しい美学を提示しました。ホフマンさんが尊敬するモーツァルトにちなみ、自らの第三名を「アマデウス」と改めたことは、音楽家としての自己認識を象徴しています。
 文学においては、音楽的思考が物語構造や人物造形に深く浸透しています。《クライスラー楽長の音楽的苦悩》に描かれる偏執的な音楽家像は、官吏と芸術家の間で引き裂かれた自身の分身でした。晩年は脊髄疾患により身体の自由を失いながらも執筆を続け、幻想と現実の境界を鋭く照らす作品群を遺しました。ホフマンさんは、文学と音楽を内側から融合させた稀有な存在として、今なお芸術の深層に響き続けています。

 本日の曲は「交響曲変ホ長調」です。
 文豪として名高いホフマンさんですが、自身では「自分は作家ではなく音楽家である」と自負するほど作曲に情熱を注いでいました。この交響曲は1806年、彼が30歳の頃に作曲された、彼の音楽家としての野心が詰まった一曲です。
 作曲直後にポーランドのワルシャワで初演されましたが、当時はさほど大きな話題にはなりませんでした。時代の寵児ベートーヴェンの革新的な響きに比べ、ホフマンのスタイルがモーツァルトに近い古典的で保守的なものだったことも理由の一つです。近年では、「初期ロマン派の重要作」として再評価が進んでいます。決して「駄作」ではなく、後のシューマンやウェーバーに繋がる幻想的な情緒を先取りした秀作です。本曲は、ホフマンさんの音楽的才能を最もバランス良く示す作品といえます。

<ここが聴きどころ!>
1)モーツァルトへの愛:
 変ホ長調という調性はモーツァルトの交響曲第39番と同じ。尊敬する巨匠へのオマージュが至る所に散りばめられています。
2)物語性のある響き:
作家らしいドラマチックな緩急があり、特に第4楽章のフィナーレに向かう高揚感は聴き応え十分です。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ホフマン、E・T・A:交響曲変ホ長調

ホフマン、E・T・A:交響曲変ホ長調(CD)

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