一日一曲(1713)パーゼ、エルセ・マリー:ガラス玉遊戯 I
本日は、没後10年(2016年1月18日没)を迎えらえたデンマークの作曲家、エルセ・マリー・パーゼさんの曲をご紹介します。
【エルセ・マリー・パーゼ:ナチスの監獄で壁に楽譜を刻み、音の自由を叫び続けたデンマーク電子音楽の母】
エルセ・マリー・パーゼは、1924年11月12日にデンマークのオーフスで生まれました。幼少期は腎盂炎を患い、長く寝たきりの生活を送りましたが、その際に窓の外から聞こえる「音」に鋭敏な感覚を養ったことが、後の創作の原点となりました。
1944年、20歳のパーゼはレジスタンス活動中にゲシュタポ(ナチスの秘密警察)に逮捕されました。彼女が送られたのは、デンマーク国内にあるフロスレフ収容所です。自由を奪われ、明日をも知れぬ恐怖の中にありましたが、彼女の精神は屈しませんでした。五線譜もペンも持たなかった彼女は、独房の壁に釘で音符を刻み込み、頭の中で鳴り響く音楽を書き留めました。これが、後に彼女の代表作となる楽曲たちの断片となります。また、収容所の仲間たちと合唱することで連帯感を高め、絶望を希望へと変えようと試みました。この時期の「極限状態での音への執着」と、収容所の重苦しい沈黙の中で研ぎ澄まされた聴覚が、戦後の「既存の楽器に頼らない新しい音楽(電子音楽)」への扉を開く原動力となったのです。
終戦後、デンマーク音楽院でピアノを学び、ピエール・シェフェールらとの出会いを通じて、録音された「現実の音」を加工して構成する具象音楽に没頭します。1958年にはデンマーク初の電子音楽作品『交響曲第1番:宇宙的(Symphonie Magnétophonique I)』を発表。しかし、当時の保守的な音楽界では彼女の先駆的な試みは十分に理解されず、長い間、正当な評価を待つことになります。
晩年、21世紀に入るとテクノや現代音楽の文脈で再評価の機運が高まり、若手アーティストとのコラボレーションも実現しました。彼女は最後まで音への探求心を失わず、2016年1月18日、コペンハーゲン近郊のゲントフテにて91歳でその生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:Glasperlespil I(ガラス玉演戯 I)】
本曲は、1960年に、ヘルマン・ヘッセの同名小説に深く感銘を受けて制作されました。当時のパーゼは、デンマーク放送局の録音スタジオで最新の音響機器に触れており、最先端の技術と文学的な精神性を融合させた、彼女のキャリアを代表する傑作です。当時の音楽界は男性中心で、さらに電子音楽という未知のジャンルには強い偏見がありました。しかし彼女は、録音テープを切り貼りする過酷な手作業を繰り返し、この幻想的な音世界を独力で構築しました。
【聴きどころ】
1)「宇宙の音」のような不思議な響き
楽器の音ではなく、電子的に作られた音が重なり合います。まるで宇宙空間を漂っているような、あるいは顕微鏡でミクロの世界を覗いているような、非日常的な音響体験が味わえます。
2)音の「粒」が跳ねるリズム感
タイトルの通り、ガラス玉が転がり、ぶつかり合うような繊細な音が特徴です。メロディを追いかけるのではなく、音の「質感」や「動き」を耳で追う楽しさがあります。
3)1960年の「未来の音」
現代のデジタル音楽とは異なり、当時のアナログ機器(発振器やテープ)を駆使して作られた音には、独特の温かみとレトロな未来感が漂います。「当時の人が想像した未来」を体験できる貴重な作品です。
本日は、本人の自作自演でどうぞ。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
パーゼ、エルセ・マリー:ガラス玉遊戯 I
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