一日一曲(1717)アキメンコ、フェディール・ステパノヴィチ:ヴァイオリンソナタ第1番

 本日は、生誕150年(1876年2月20日生)を迎えらえたウクライナの作曲家、フェディール・ステパノヴィチ・アキメンコさんの曲をご紹介します。

【フェディール・ステパノヴィチ・アキメンコ:ウクライナの叙情をフランスの色彩で彩った、旋律の魔術師】
 フェディール・ステパノヴィチ・アキメンコは、1876年2月20日にロシア帝国(現在のウクライナ)のハルキウで生まれました。幼少期から類まれな音楽の才能を示した彼は、名門サンクトペテルブルク音楽院へ進み、巨匠リムスキー=コルサコフに師事します。ここで彼は、ロシア音楽の伝統である重厚なオーケストレーションと、確かな作曲技法の基礎を徹底的に叩き込まれました。
 しかし、彼の音楽人生を大きく変えたのは、1903年から数年間過ごしたパリでの経験です。当時、最先端の芸術が集まるパリで彼はフランス印象派の音楽、特にドビュッシーの捉えどころのない幻想的な響きに強く魅了されました。この経験が、後の「ロシア的叙情」と「フランス的色彩」を融合させた独自の作風の種となります。
 帰国後は、母校の音楽院やハルキウ音楽院の院長を務めるなど、優れた教育者としても活躍しました。特筆すべきは、若き日のストラヴィンスキーに初めて作曲の理論を教えたのが彼であったという点です。しかし、ロシア革命という歴史の荒波が彼の運命を翻弄します。戦火と動乱を逃れるため、彼は故郷を離れる決意をし、最終的にかつて憧れたパリへと亡命しました。
 晩年は異郷の地で、失われた故郷ウクライナへの郷愁を音楽に託し続けました。彼の作品は、光が揺らめくような繊細な和音の中に、どこか土着的な力強さが宿っています。1945年1月3日、第2次世界大戦の終結を見届けることなく、パリでその生涯を閉じました。東西の音楽文化を繋ぐ架け橋となった彼の功績は、近年再び高く評価されています。

【本日のご紹介曲:ヴァイオリンソナタ第1番ニ短調 Op.32】
 1907年頃に書かれたこの作品は、彼がパリの空気を吸い、自身のスタイルを確立し始めた時期の傑作です。ロマン派的な情熱と、印象派のような繊細な響きが同居しています。

【聴きどころ】
1)ドラマチックな「冒頭の主題」
 曲が始まった瞬間、ピアノの波打つような伴奏に乗って、ヴァイオリンが切なくも力強いメロディを奏でます。一度聴いたら耳に残る、ロシア風の哀愁漂う旋律に注目してください。
2)光が差し込むような「色彩の変化」
 暗い雰囲気の短調から、ふとした瞬間に明るい響き(長調)へと移り変わる様子は、まるで雲の間から光が差し込むようです。フランス音楽の影響を受けた、透明感のある美しい和音を楽しめます。
3)ヴァイオリンとピアノの「対話」
 どちらかが伴奏に徹するのではなく、二つの楽器が対等に歌い合います。特に後半、情熱が高まっていく中での激しい掛け合いは、手に汗握る聴きごたえがあります。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
アキメンコ、フェディール・ステパノヴィチ:ヴァイオリンソナタ第1番

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