一日一曲(1728)シュヴェッペ、ヨアヒム:月の光

 本日は、生誕100年(1926年3月3日生)を迎えらえたドイツの作曲家、ヨアヒム・シュヴェッペさんの曲をご紹介します。

【ヨアヒム・シュヴェッペ:伝統的な教会音楽の枠を超え、深い精神性と独自の色彩豊かな和声で「人間の孤独と救い」を描き出した、孤高の作曲家】
 ヨアヒム・シュヴェッペは、1926年3月3日にドイツ北部の港町キールに生まれ、ハンブルクで育ちました。彼の青春時代は戦争の影に覆われており、高校の卒業試験前日に徴兵され、戦時中は空軍補助部隊としての任務やバルト諸国での兵役、そして負傷を経験しています。しかし、そのような過酷な状況下でも、休暇を利用してピアノのレッスンを受けるなど、音楽への情熱が絶えることはありませんでした。
 終戦後の1946年、ハンブルクとリューベックで本格的に音楽の勉強を再開します。当初、自身の作品を世に出さず秘匿していましたが、1950年代にハンブルクの芸術家コミュニティで画家カルロ・クリーテと出会い、近代絵画や詩人ゲオルク・トラークルの世界に触れたことが、彼の創作の大きな転換点となりました。特にトラークルの詩には生涯魅了され続け、多くの歌曲を生み出す源泉となりました。
 33歳で教会音楽家としての道を歩み始めたシュヴェッペは、ハンブルクの諸教会で奉仕する傍ら、1983年からはリューベック音楽アカデミーで後進の指導にあたりました。彼の音楽は、バッハやシュッツといった古風な形式を重んじつつも、既存の流派に属さない「アウトサイダー」としての独自の語法を追求したものです。晩年はノルウェーの荒々しい自然に魅せられ、同国のドンナ島でオルガニストを務めるなど、最期まで音楽を通じた精神の探求を続けました。1999年12月22日、ハンブルクにて73歳でその生涯を閉じ、親友クリーテの眠る墓地の傍らに埋葬されました。

【本日のご紹介曲:歌曲「月の光(Mondlicht)」】
 テオドール・シュトルムの詩を用いた本曲は、シュヴェッペの「世俗的な作品」の中でも、彼の内面的な美学が凝縮された一曲です。シュヴェッペの音楽は「悲しみや憂鬱」から生じる創造性を原動力としていますが、本曲では月光というフィルターを通し、その憂鬱が静かな安らぎへと昇華されています。昼間の喧騒(熱気)から離れ、夜の静寂の中で初めて魂が解放される様子が、知的な構成の中にロマンティックな情緒を湛えて描かれています。

【詩の訳文】
  月明かりの中に
  今、世界は横たわり 埋もれている。
  なんと幸福な平和だろう、
  世界を抱きしめている この安らぎは!
  風も黙らざるを得ない、
  この光があまりに柔らかなので。
  風はただ ささやき、漂い、
  そして ついに眠りにつく。
  そして 昼間の燃えるような暑さの中で
  花開くことのなかったものが、
  その花冠(かかん)を開き、
  夜に向かって香りを放つのだ。
  これほどの平和に、私は
  もう長いこと 馴染んでいなかった。
  どうか あなたが、私の人生における
  慈しみ深い月であってほしい。

【聴きどころ】
1)「幽玄なハーモニー」による月光の描写
 シュヴェッペの真骨頂である、虹彩のように変化する繊細な和音が、月明かりに照らされた世界の静けさを描き出します。調性を保ちながらも、どこか幻想的に歪ませた響きが、聴き手を日常から切り離された夜の世界へと誘います。
2)言葉と音楽の「比喩的な一致」
 「夜に開く花」の箇所など、詩の重要なキーワードに対して、シュヴェッペは非常に緻密な音の選択を行っています。声楽作品における言葉の解釈を重んじた彼らしく、歌詞の一節一節が持つ深い意味が、旋律の動きによって浮き彫りにされます。
3)「疑い」を越えた先にある祈り
 「信仰には疑いが不可欠である」と語った彼が、人生の安らぎ(平和)を月に重ねて歌い上げるラストシーン。それは単なる心地よい終結ではなく、葛藤の末に辿り着いた、真実味のある深い静寂としての「祈り」を聴かせてくれます。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
シュヴェッペ、ヨアヒム:月の光

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