一日一曲(1953)レイノルズ、ピーター:シピン
本日は、没後10年(2016年10月11日没)を迎えられたウェールズの作曲家、ピーター・レイノルズさんの曲をご紹介します。
【ピーター・レイノルズ:ウェールズの風景と記憶を、静けさと研ぎ澄まされた短い音へ凝縮した、小さな器の中に大きな世界を映す「音の細密画家」】
ピーター・ジョン・レイノルズ(Peter John Reynolds)は、1958年1月12日、ウェールズのカーディフに生まれました。セント・テイロ校、ビショップ・オブ・ランダフ高校を経てカーディフのウェールズ大学で音楽を学び、1980年に音楽学士、1983年には「現代音楽の分析」により修士号を取得しました。1980年代にはダーティントン・サマー・スクールにたびたび参加し、ピーター・マックスウェル・デイヴィス、モートン・フェルドマン、ゴードン・クロスらの作曲クラスで学びます。特に、音数を絞り、響きそのものに耳を澄ませる彼の後年の作風には、フェルドマンとの出会いを思わせるものがあります。1986年にはマイケル・ティペット作曲賞を受賞しました。
レイノルズは作曲だけでなく、ウェールズの現代音楽を支える存在として幅広く活動しました。1987年には現代音楽アンサンブル「イクシオン」の創設に参加し、のちにカーディフを拠点とするPM Music Ensembleを設立。1997年から2009年までLower Machen Festivalの芸術監督を務めました。また1994年から王立ウェールズ音楽演劇大学で教え、2002年からは作曲科の講師として若い作曲家たちを育成しました。2010年から2013年にはYoung Composer of Dyfedの作曲家・イン・レジデンスを務めています。
1993年には、サイモン・リースの台本によるオペラ《The Sands of Time》を作曲。この作品はわずか数分で終わる「世界最短のオペラ」としてギネス世界記録に認定され、レイノルズの名を広く知らしめました。しかし彼の本領は単なる「短さ」ではありません。限られた時間の中から不要なものを削り、わずかな音に風景や記憶、沈黙を凝縮する「ミニアチュール」の感覚こそが、彼の創作を特徴づけています。
作曲活動のほか、音楽評論やプログラム・ノートの執筆にも携わり、2009年にはBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団の歴史をまとめた著書も刊行しました。晩年には創作活動が再び活発となり、2013~14年にはCreative Wales Awardを受けています。2016年9月にはYoung Composer of Dyfedの活動にも復帰しましたが、そのわずか約1か月後の10月11日、カーディフの自宅で心臓発作により急逝しました。58歳でした。
【本日のご紹介曲:《Cippyn》(2015)】
本日ご紹介する《Cippyn》は、ピアノと電子音響のための約10分の作品で、7つの短い部分から構成されています。もともとは、ウェールズの小村Cippynにあるブリン・セイラム礼拝堂(Bryn Salem Chapel)を題材とした、台詞のない短編映画のためにレイノルズが書いた音楽から発展しました。礼拝堂は1850年に建てられた独立派の礼拝堂で、1993年までには使用されなくなっており、《Cippyn》が作られたころには、建物は少しずつ自然に覆われ、ゆっくりと廃墟へ還っていくような場所となっていました。
最初の映画版《Cippyn》はコントラバスと電子音響のために作られました。現在ウェールズ国立図書館に残されている資料には、2015年2月27日付の映画と音楽を対応させた手稿やスケッチが保存されています。その後レイノルズは素材を作り直し、ピアノと電子音響のための《Cippyn》へと発展させました。ピアノ版のスケッチは2015年7月5日から27日に書かれ、7月29日付の草稿も残されています。
この作品の面白さは、普通のピアノ曲に電子音を付け足したものではないところにあります。礼拝堂の現地で録音した鳥の鳴き声を音符に書き起こして音楽へ取り込み、さらに通常の鍵盤演奏に加えて、ピアノ内部をドラムスティックやガラス玉で鳴らした音などを録音し、それらを多重録音によって重ね合わせています。そのため、楽譜に書かれた効果の一部は通常のコンサート演奏だけでは完全には再現できず、録音という媒体そのものが作品の一部になっています。レイノルズにとって電子音響を本格的に用いることは新しい挑戦でした。
【聴きどころ】
1)廃墟の礼拝堂に入り込んでくる「鳥の声」
この曲では、廃墟そのものを暗く劇的に描写するのではなく、そこに残る静けさや、建物を少しずつ包み込んでいく自然の気配が音に置き換えられています。特に注目したいのが、Cippynの現地で録音された鳥の鳴き声です。それを単なる環境音として流すのではなく、レイノルズは鳥の声を採譜して音楽そのものへ取り込みました。人間が去った礼拝堂で、今度は鳥や風や植物がその場所の「住人」になっていく。そんな時間の移り変わりを想像しながら聴くと、短い音の一つ一つが風景の断片のように聞こえてきます。
2)鍵盤だけではない、ピアノという「箱」の音
耳を澄ませていると、普通のピアノとは少し違う音が次々と現れます。レイノルズは鍵盤から出る音だけでなく、ピアノ内部をドラムスティックで鳴らしたり、ガラス玉を用いたりして音を採取し、それらを通常のピアノ演奏と重ね合わせました。電子音響といっても派手なシンセサイザーが前面に出るのではなく、「これはピアノの音なのか、それとも礼拝堂の物音なのか」と境界が曖昧になっていくところが面白いところです。古い建物の床板が軋み、小石が転がり、どこかから鳥の声が聞こえてくるような、不思議な音響空間が生まれます。
3)最後に残る、一本の旋律
さまざまな音や響きが交錯してきた作品の最後、第7部分では音楽が驚くほど簡素になります。ブックレット解説が特に注目しているのが、和音を伴わない一本の旋律線です。小さなフレーズが一つずつ置かれ、その間には静けさが広がります。解説者ポール・コンウェイは、このフレーズを「宝石のような」ものとして捉えています。
かつて人々が集まり、賛美歌を歌った礼拝堂から人の姿が消え、建物さえ自然へ還っていく。その最後に残る一本の旋律は、消えゆく場所の記憶そのもののようにも聞こえます。《Cippyn》は約10分という小さな作品ですが、「場所が記憶を持つとはどういうことなのか」を、非常に静かな方法で問いかけてくる作品です。
今回聴くダンカン・ハニーボーンの録音は、2015年8月25日にヨークのNational Centre for Early Musicで収録されました。ただし、その時点で作品は完成していたわけではありません。レイノルズは録音技師ジェレミー・ウェルズの助力を受けながら2016年まで電子音響部分の制作を続けていました。その途中でレイノルズが急逝したため、ウェルズは作曲者が残した最後のデモ音源と指示をもとに作品を完成させました。このためCDでは「2015年」と表記される一方、ブックレット本文では《Cippyn》(2015–16)と記されています。2018年にGrand Pianoから発売されたアルバム《A Hundred Years of British Piano Miniatures》で世界初録音として世に出ました。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
レイノルズ、ピーター:シピン
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