一日一曲(1949)トーマス、オーガスタ・リード:6つのピアノ・エチュード
本日は、昨日ご紹介したバーナード・ランズと1993年に結婚し、長年ともに歩んだアメリカの作曲家、オーガスタ・リード・トーマスさんの曲をご紹介します。
【オーガスタ・リード・トーマス:緻密な構造の内側で、光、色彩、躍動するリズム、即興の息吹を自在に交差させ、現代音楽に鮮烈な生命感を吹き込む「響きのプリズム」】
オーガスタ・リード・トーマス(Augusta Read Thomas)は、1964年4月24日、アメリカ・ニューヨーク州グレン・コーヴに生まれました。4歳からピアノを習い、小学校3年生でトランペットを始め、その後14年にわたって演奏を続けました。ノースウェスタン大学にも当初はトランペット専攻で入学しましたが、やがて作曲へ進み、アラン・スタウトとM・ウィリアム・カーリンズに師事しました。タングルウッドではオリヴァー・ナッセン、イェール大学ではジェイコブ・ドラックマンに学び、さらにロンドンの王立音楽院でポール・パターソンの指導を受けました。
1989年にはグッゲンハイム・フェローシップを受け、当時この栄誉を得た最年少の女性となりました。1990~91年にはラドクリフ大学バンティング研究所のフェロー、1991~94年にはハーバード大学の Society of Fellows のジュニア・フェローを務めています。その後、1993~2001年にイーストマン音楽学校、2001~06年にノースウェスタン大学で作曲を教えました。
1988年、現代音楽祭「June in Buffalo」で、30歳年上の作曲家バーナード・ランズと出会い、1993年に結婚しました。二人はそれぞれ独自の創作活動を続けながら、長年にわたりシカゴを拠点とする作曲家夫妻として歩みました。ランズが2026年3月4日に亡くなった際には、トーマスが最期に寄り添っていたことが伝えられています。
トーマスのキャリアで特に重要なのが、1997年から2006年まで務めたシカゴ交響楽団のミード・コンポーザー・イン・レジデンスです。ピエール・ブーレーズやダニエル・バレンボイムらと協働し、多くの管弦楽作品を発表しました。《Astral Canticle》は2007年のピューリッツァー賞音楽部門の最終候補となり、彼女の作品2曲を収録したシャンティクリアのアルバム《Colors of Love》はグラミー賞を受賞しています。
2010年にはシカゴ大学のUniversity Professorに就任。現在も同大学を中心に作曲・教育活動を続け、現代音楽の創作・演奏を推進するGrossman Ensembleの創設・運営にも携わっています。非常に緻密に構成された音楽でありながら、その響きには光や色彩、舞踊的な運動感、即興しているかのような生命力があり、トーマス自身も演奏について、厳密に記譜された音楽がその場で生まれているような「captured improvisation」として聞こえることを理想としています。
【本日のご紹介曲:6つのピアノ・エチュード】
《6つのピアノ・エチュード(Six Piano Etudes)》は、トーマスが1996年から2005年まで約10年をかけて完成させたピアノ独奏曲集です。6曲は一度に作られたのではなく、第1・2曲が1996年、第3・4曲が2003年、第5・6曲が2005年に作曲され、全6曲による曲集が完成しました。全曲で約17分です。
この曲集最大の特徴は、6曲が2曲ずつ3組のペアになっていることです。トーマス自身によれば、それぞれのペアでは基本となる音楽素材を共有しながら、そこから「劇的に異なる響き」を作り出すことを目指しました。それは、同じ硬貨の表と裏、あるいは一枚の写真とそのネガを見るような関係だと説明しています。
そして6曲それぞれが、トーマスと関係の深い作曲家へのオマージュになっています。
<第1曲《Orbital Beacons》― ルチアーノ・ベリオへのオマージュ>
回転するような和声と「輝き」をテーマにした曲です。非常に強い音と非常に弱い音を対置しながら、響き、残響、音の減衰、光のような音色そのものの美しさを描きます。
<第2曲《Fire Waltz》― ベーラ・バルトークへのオマージュ>
第1曲の変奏です。第1曲で強く鳴らされた音を同じ順序でつなぎ、2オクターヴ下げることで、なんとブギウギ風のベースラインへ変身させています。弱く鳴らされていた音からは、バルトークを思わせるジャズ的な和音が生まれます。
<第3曲《Cathedral Waterfall》― オリヴィエ・メシアンへのオマージュ>
豊かなジャズ和声による和音がゆっくり展開します。巨大な大聖堂の鐘楼で多数の鐘が鳴り、その響きが空中に漂うような音楽です。最後には和音が鐘の滝となってゆっくり下降し、最後の二つの鐘だけが残ります。
<第4曲《On Twilight》― ピエール・ブーレーズへのオマージュ>
一転して高エネルギーの音楽です。三つの層が予測不能に交差し、ジャズの即興演奏のように飛び交います。その中央では「黄昏」の層が光を放ち、両端の極端な高音・低音域からは、夕暮れとともに姿を現す星や惑星、銀河、ブラックホールまでが暗示されます。
<第5曲《Rain at Funeral》― モートン・フェルドマンへのオマージュ>
静かな「印象主義的な小さな葬送行進曲」です。微細な強弱、音色、残響が重要で、華麗な第4曲と第6曲の間に置かれた、非常に内面的で私的な音楽となっています。興味深いことに、第6曲とまったく同じ和音を使っています。
<第6曲《Twitter-Machines》― デイヴィッド・ラコウスキへのオマージュ>
ラコウスキの《E-Machines》への応答として作曲されました。さまざまな形の和音を可能な限り速く反復し、それを装飾音がたびたび邪魔して拍子感を崩します。機械のように反復する和音の周囲を、ピアノ全域に広がる華麗なアラベスクが飛び交い、曲集は猛烈なエネルギーの中で締めくくられます。
第1・2曲はジュディ・シーバートの委嘱で1997年に初演、第3・4曲はアメリカン・ピアニスツ・アソシエーションの委嘱によりジェームズ・ジャイルズが2003年にロンドンのウィグモア・ホールで初演しました。第5・6曲は2006年3月に初演され、3月23日にスティーヴン・ゴスリングがニューヨークのマーキン・ホールで演奏した際、初めて全6曲が一つの曲集として披露されました。
【聴きどころ】
1)同じ音が、まったく別の世界へ変身する「表と裏」
最も面白いのは、2曲ずつを続けて比較する聴き方です。特に第1曲から第2曲への変身は鮮やかです。第1曲の光を帯びた抽象的な音の配置が、第2曲では同じ素材からブギウギのベースとジャズ的な和音へ姿を変えます。また、第5曲の静かな葬送と第6曲の機械仕掛けのような疾走も、同じ和音から生まれています。「同じ材料なのに、ここまで違って聞こえるのか」というところが、この曲集の核心です。
2)ピアノを「鍵盤」ではなく巨大な共鳴体として聴く
第1曲と第3曲では特に、弾かれた瞬間の音だけでなく、その後に残る響きに耳を澄ませてみてください。第1曲では音が光の粒のように消えていき、第3曲では大聖堂の鐘のような和音が空間に漂い、やがて「鐘の滝」となって下降します。トーマスが愛しているのは音符そのものだけではなく、音が生まれ、響き、消えていく時間そのものなのだと感じられます。
3)6人の作曲家への「ものまね」ではなく、トーマス自身の肖像を聴く
ベリオ、バルトーク、メシアン、ブーレーズ、フェルドマン、そしてラコウスキ。20~21世紀音楽の多彩な顔ぶれが並びますが、それぞれの作風をそのまま模倣した曲ではありません。バルトークからはリズムと和音、メシアンからは鐘と色彩、ブーレーズからは複雑な層、フェルドマンからは静寂と繊細な残響といったものを受け取り、それをトーマス自身の鮮烈な音楽へ変換しています。6人へのオマージュを聴いているうちに、最後にはオーガスタ・リード・トーマスという一人の作曲家の輪郭が浮かび上がってくる。そこが、この曲集のもう一つの魅力です。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
トーマス、オーガスタ・リード:6つのピアノ・エチュード
トーマス、オーガスタ・リード:6つのピアノ・エチュード(Amazon Music)
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