一日一曲(1948)ランズ、バーナード:ショウコのための音楽「オーバード」
本日は、今年(2026年)3月4日に亡くなられたイギリス生まれのアメリカの作曲家、バーナード・ランズさんの曲をご紹介します。
【バーナード・ランズ:ヨーロッパ前衛の語法を吸収しながら、詩と歌心、光と翳りを帯びた色彩豊かな響きを自らの言葉へと昇華した、20世紀後半から21世紀を貫いた「音の詩人」】
バーナード・ランズ(Bernard Rands)は、1934年3月2日、イングランド北部シェフィールドのウッドハウスに生まれました。父は学校の用務員で絶対音感を持ち、母は美しいコントラルトの声の持ち主でした。また、炭鉱労働者だった9人の叔父たちも合唱団や炭鉱のブラスバンドに参加しており、ランズは音楽に囲まれて育ちました。5歳でピアノを始め、10歳ごろには作曲を始めています。
1952年にウェールズ大学バンガー校へ進み、音楽だけでなく哲学、英文学、ケルト文学などを学びました。作曲をレジナルド・スミス・ブリンドルに師事し、そこでダッラピッコラ、ペトラッシ、マデルナ、ノーノ、ベリオらの音楽を知ります。卒業後はイタリアへ渡り、ローマでロマン・ヴラド、フィレンツェでルイージ・ダッラピッコラ、さらにルチアーノ・ベリオに学びました。ダルムシュタット夏季現代音楽講習会ではブルーノ・マデルナやピエール・ブーレーズの講座にも参加しています。
1963年、マデルナ指揮による《Actions for Six》がダルムシュタットで初演され、国際的に注目されるようになります。当初はヨーロッパ前衛音楽と強く結びついていましたが、ランズ自身は自分を厳格なセリー主義者とは考えておらず、やがて響きの美しさや旋律的な歌心、詩的な表現をより自由に取り込む独自の作風を形成していきました。
1969年からヨーク大学で教えたのち、1975年にアメリカへ移住し、1983年にアメリカ国籍を取得しました。カリフォルニア大学サンディエゴ校などで教え、1989年から2005年まではハーバード大学の教授を務めました。また1989年から1996年までフィラデルフィア管弦楽団の作曲家・イン・レジデンスを務め、リッカルド・ムーティらとも協働しました。
代表作の一つ《Canti del Sole》は1984年のピューリッツァー賞音楽部門を受賞し、《Canti d’Amor》の録音は2000年にグラミー賞を受賞しました。声楽、室内楽、協奏曲、管弦楽、オペラまで幅広い分野に作品を残し、詩への深い関心は器楽作品にも色濃く反映されています。
晩年はシカゴを拠点に創作を続け、2022年にも《Symphonic Fantasy》がボストン交響楽団によって初演されました。2026年3月4日、シカゴで92歳で死去しました。最期には、妻で作曲家のオーガスタ・リード・トーマスが寄り添っていたことが出版社Schottによって伝えられています。
【本日のご紹介曲:ショウコのための音楽「オーバード」】
《ショウコのための音楽「オーバード」》は、イングリッシュ・ホルンと弦楽四重奏のために2017年に編曲された室内楽作品です。ランズはこの曲を、かつて彼に学ぶため日本から渡米し、その後長年の友人となった作曲家・音楽教育者ショウコ・スズキ(Shoko Suzuki)に、「長年の友情と、彼女が私の音楽に捧げてきた献身への感謝を込めて」献呈しました。ランズ自身がそう明記しています。
もともとは、オーバリン音楽院創立150周年を記念して書かれ、2015年にロバート・ウォルターズとクリーヴランド管弦楽団によって初演された《イングリッシュ・ホルン協奏曲》の中央楽章《Aubade》です。ランズはこの楽章を室内楽へ編み直しましたが、イングリッシュ・ホルンの独奏パートは協奏曲版とまったく同じで、オーケストラ部分を必要な調整を施しながら弦楽四重奏へ凝縮しています。
「Aubade」とはフランス語で「朝の歌」「夜明けの歌」を意味します。Lyrita盤の解説者Paul Conwayはこの作品を「雰囲気に満ちた小さな音詩」と捉え、ゆったりとした両端部分ではイングリッシュ・ホルンの柔らかく「秋を思わせる」音色が生かされ、霧に包まれた夜明けを思わせる音楽になっていると解説しています。対照的に中央部では音楽が熱を帯び、衝動的で情熱的な素材が5人の奏者の間を自在に行き交います。
初演は2018年1月26日、マイアミのアドリエンヌ・アーシュト・センターで行われ、ロバート・ウォルターズのイングリッシュ・ホルンと、クリーヴランド管弦楽団のスティーヴン・ローズ、ジェフリー・ゼングート、ジョアンナ・パターソン・ザカニー、チャールズ・バーナードによって演奏されました。
ちなみに作曲年表記には少し注意が必要です。NMLのSRCD379の曲目欄では「2018」と表示されていますが、出版社Schott/EAMとブックレット本文はいずれも作品を2017年としています。2018年は初演年ですので、記事では「2017年作曲(編曲)、2018年初演」とするのが最も適切でしょう。
【聴きどころ】
1)イングリッシュ・ホルンが描く「霧の夜明け」
冒頭では、イングリッシュ・ホルン特有の少しくぐもった、温かく翳りのある音色に注目です。朝日が一気に差し込むのではなく、まだ薄暗い空の中から輪郭が少しずつ浮かび上がるような音楽です。
2)静けさから突然生まれる、5人の熱い対話
中央部に入ると、それまでの静かな風景が動き始めます。ここではイングリッシュ・ホルンが主役で弦が単に伴奏するのではなく、音楽の断片がヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、イングリッシュ・ホルンの間を次々に受け渡されます。「独奏者対伴奏」というより、5人が一つの会話に加わっていると考えて聴くと面白いところです。
3)オーケストラの響きを4本の弦に凝縮した巧みさ
原曲はイングリッシュ・ホルン協奏曲です。しかしこの版では、オーケストラの役割をわずか4本の弦楽器が担っています。それでも音楽が痩せて聞こえないところがランズの書法の妙です。弦楽四重奏が時には霞のような背景となり、時には独奏楽器と対等に語り合いながら、最後には再び静かな「朝」の世界へ戻っていく、その密度の変化にも耳を傾けたい作品です。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ランズ、バーナード:ショウコのための音楽「オーバード」
ランズ、バーナード:ショウコのための音楽「オーバード」(Amazon Music)
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