一日一曲(1947)ボノンチーニ、ジョヴァンニ:チェロ独奏のためのシンフォニア ニ長調
三日間にわたってお送りしてきた「ボノンチーニ一族」。昨日は父ジョヴァンニ・マリアをご紹介しました。最終日の今日は、アントニオ・マリアの7歳上の兄で、一族の中でもっとも国際的な名声を獲得したジョヴァンニ・ボノンチーニ(Giovanni Bononcini)を取り上げます。
【ジョヴァンニ・ボノンチーニ:ヨーロッパ各地を渡り歩き、ロンドンではヘンデルと人気を競いながら、チェロを伴奏席から独奏の舞台へと引き上げた、ボノンチーニ家の「チェロ解放者」】
ジョヴァンニは1670年7月18日、イタリア北部のモデナに生まれました。父は昨日ご紹介した作曲家・ヴァイオリニスト・音楽理論家ジョヴァンニ・マリア、母はアンナ・マリア・プレツィイです。なお、資料によっては「ジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニ(Giovanni Battista Bononcini)」とも表記されますが、Treccaniの『イタリア人名辞典』では「Giovanni, e non Giovanni Battista(ジョヴァンニであり、ジョヴァンニ・バッティスタではない)」とされているため、ここではジョヴァンニ・ボノンチーニと表記します。
幼いころ父からチェロを学びましたが、1677年に母、翌1678年には父を亡くしました。その後ボローニャに移り、ジョヴァンニ・パオロ・コロンナらにチェロや対位法を学びます。わずか15歳だった1685年には最初の器楽作品集《3声の室内娯楽》作品1を出版。1686年にはボローニャのアカデミア・フィラルモニカに迎えられ、翌1687年からはサン・ペトローニオ聖堂で歌手・チェリストとして活動するとともに、サン・ジョヴァンニ・イン・モンテ教会の楽長も務めました。
やがてローマへ移り、1689年頃から枢機卿ベネデット・パンフィーリの楽団でチェリストとして活動します。チェロ奏者としての評価は非常に高く、後にヘンデルのオペラ台本作家としても知られるチェリスト、ニコラ・ハイムは、若きジョヴァンニをチェロの名手の中でも「疑いなく最良」と評したと伝えられています。さらに1741年にはフランスの音楽家ミシェル・コレットが、誇張を交えながらもジョヴァンニを「近代的チェロの発明者」とまで評価しました。実際、ジョヴァンニは現在のチェロに近い比較的小型の楽器を用いてヨーロッパ各地で演奏し、チェロを独奏楽器として広めるうえで重要な役割を果たしたと考えられています。
作曲家としても早くから頭角を現し、1692年にはローマでオペラ作曲家としてデビューしました。1696年にナポリで初演された《カミッラの勝利 Il trionfo di Camilla》は大成功を収め、その後イタリア各地で上演されたほか、国外にも広がっていきました。1697年末には神聖ローマ皇帝レオポルト1世の宮廷作曲家としてウィーンへ進出。1702年にはプロイセン王妃ゾフィー・シャルロッテに招かれてベルリンでも活動し、この時には弟アントニオ・マリアも同行しています。その後再びウィーンに戻り、ヨーゼフ1世が亡くなる1711年まで宮廷を中心に活躍しました。
そしてジョヴァンニの名を音楽史上とりわけ有名にしたのが、ロンドン時代です。1720年、イタリア・オペラを上演する王立音楽アカデミーに招かれ、ヘンデルやアッティリオ・アリオスティとともに作曲家として活動しました。ロンドン初演の《アスタルト》は大成功を収め、やがて聴衆や貴族たちの間には「ヘンデル派」と「ボノンチーニ派」が生まれます。なお、二人の作曲家本人が激しく敵対していたというより、周囲の支持者たちによってライバル関係が煽られたというのが実態に近いようです。1721年の合作オペラ《ムツィオ・シェーヴォラ》では、第1幕をフィリッポ・アマデイ、第2幕をボノンチーニ、第3幕をヘンデルが担当するという珍しい競作まで行われました。
しかし栄光は長く続きませんでした。1731年、ジョヴァンニが自作として提示した5声のマドリガーレ《In una siepe ombrosa》が、実際にはアントニオ・ロッティの作品だったことが問題となり、彼の信用は大きく損なわれました。1733年にロンドンを離れ、パリ、さらにリスボンへ移ります。1736年には再びウィーンに戻りましたが、晩年は経済的に困窮し、1742年にはマリア・テレジアに援助を願い出て月50フローリンの年金を与えられました。そして1747年7月9日、ウィーンで76歳の生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:チェロ独奏のためのシンフォニア ニ長調】
「ヘンデルのライバル」として語られることの多いジョヴァンニですが、それだけでは彼の姿の半分しか見えてきません。ヨーロッパを渡り歩いた名チェリストであり、チェロを低音の伴奏役から独奏楽器へと押し出した先駆者でもありました。その姿がもっとも鮮やかに見える作品の一つが、本日ご紹介する《チェロ独奏のためのシンフォニア ニ長調》です。
本曲は、1699年の日付を持つ写本から発見され、ジョヴァンニが《カミッラの勝利》を初演した1696年頃の短いナポリでの活動時期に遡る作品と考えられています。
なお、題名には「チェロ独奏」とありますが、これはバッハの無伴奏チェロ組曲のようにチェロ一台だけで演奏するという意味ではなく、独奏チェロに通奏低音が伴う作品です。「Sinfonia」といっても、後世のベートーヴェンなどの「交響曲」とは異なり、この時代にはさまざまな器楽曲を指す言葉として使われていました。今回の作品は、実質的には独奏チェロのための小規模なソナタに近いものです。
全4楽章からなり、
第1楽章 Largo-Allegro-Grave
第2楽章 Allegro
第3楽章 Adagio
第4楽章 Minuetto
という構成です。ごく短い作品ですが、その中にはジョヴァンニのチェリストとしての技術と音楽性がぎゅっと詰め込まれています。
第1楽章はLargo、Allegro、Graveという対照的な部分を次々に行き来します。アルペッジョや急速な音階が現れ、まるで奏者がその場で思いつくまま音楽を紡いでいるような、即興的な雰囲気を持っています。続く第2楽章Allegroでは、重音奏法、アルペッジョ、隣接する弦を素早く往復するバリオラージュ、急速な16分音符など、チェロ特有の技巧が一気に前面へ出てきます。この2つの楽章は、ジョヴァンニの作品の中でも特に技巧的に精巧で、当時として先進的な書法を示すものと評価されています。
チェロのパートは主にテノール記号で書かれ、非常に広い音域、とりわけ高音域が積極的に使われています。これは単なる技巧の誇示ではありません。通奏低音と同じ低い音域にとどまっていては独奏チェロの音が埋もれてしまうため、高音域へ飛び出すことで「伴奏するチェロ」と「主役のチェロ」を明確に分離しているのです。ジョヴァンニがチェロを低音楽器から独奏楽器へ解放していった過程が、楽譜そのものから聞こえてくるような作品です。
【聴きどころ】
1)冒頭から姿を変え続ける、即興のような第1楽章
第1楽章は、一つのテンポや性格でそのまま進みません。Largoから突然動き出すAllegro、そして再び落ち着くGraveへと、短い時間の中で表情が次々と変化します。アルペッジョや素早い音階が自由に飛び交い、譜面に書かれた音楽なのに、名チェリストがその場で即興演奏しているように聞こえるのが面白いところです。「作曲家ボノンチーニ」より先に、「演奏家ボノンチーニ」が目の前に現れてくるような冒頭です。
2)第2楽章で一気に解き放たれる、チェロの超絶技巧
第2楽章Allegroでは、重音、アルペッジョ、バリオラージュ、16分音符の急速なパッセージが次々と現れます。それまで低音を支える役割を担うことの多かったチェロが、高音域へ駆け上がり、ヴァイオリンにも負けない敏捷さで音楽を牽引します。ここでは「チェロは伴奏楽器」という17世紀の古いイメージが、わずか1分半の間にひっくり返されます。初日の弟アントニオの《チェロ・ソナタ第4番》と聴き比べると、同じ一族から二人もの驚異的なチェロ奏者が生まれたことが実感できるでしょう。
3)技巧だけでは終わらない、AdagioからMinuettoへの着地
猛烈に動いた後、第3楽章Adagioでは音楽がふっと呼吸を取り戻します。ジョヴァンニのチェロ音楽では、華麗な技巧だけでなく、チェロの「歌う力」も大切にされています。そして最後はわずか1分足らずのMinuetto。華麗な大団円ではなく、優雅な舞曲で軽やかに幕を閉じます。この終楽章には、バロックから次の時代へ向かうガラント様式の柔らかな気配も感じられます。激しい技巧、歌、そして優雅さ。6分足らずの小品ですが、ジョヴァンニ・ボノンチーニという音楽家の縮図のような作品です。
三日間にわたって、ボノンチーニ一族の音楽をたどってきました。父ジョヴァンニ・マリアが築いた器楽音楽の土台、その中から育ったアントニオ・マリアとジョヴァンニという二人のチェロの名手。三人の音楽を続けて聴いてみると、ボノンチーニ家が単なる「作曲家一族」ではなく、17世紀から18世紀へと移り変わる時代に、弦楽器の新しい可能性を探り続けた音楽一家だったことが見えてきます。初日にアントニオのチェロから始まった三日間を、今日は兄ジョヴァンニのチェロ曲で締めくくりたいと思います。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ボノンチーニ、ジョヴァンニ:チェロ独奏のためのシンフォニア ニ長調
ボノンチーニ、ジョヴァンニ:チェロ独奏のためのシンフォニア ニ長調(Amazon Music)
|
|
