一日一曲(1955)カペッリ、ジョヴァンニ・マリア:2つのヴァイオリンのためのソナタ
本日は、没後300年(1726年10月16日没)を迎えられたイタリアの作曲家、ジョヴァンニ・マリア・カペッリさんの曲をご紹介します。
【ジョヴァンニ・マリア・カペッリ:パルマの教会とファルネーゼ家の音楽世界で活動し、聖楽・器楽から晩年のオペラまで、対位法の技と歌心を結びつけた「遅咲きのバロック職人」】
生涯
ジョヴァンニ・マリア・カペッリ(Giovanni Maria Capelli)は、1648年12月7日、イタリア北部のパルマに、プロスペロとオルソリーナの子として生まれました。幼少期や音楽修業について詳しい記録はほとんど残っていませんが、聖職者となり、生涯の大半を故郷パルマで過ごしました。現存資料で本格的な音楽活動が確認できるのは比較的遅く、1699年にパルマ大聖堂のカントーレ(聖歌隊歌手)の職を提示され、翌1700年には同大聖堂の楽長となりました。1709年にはサンタ・マリア・デッラ・ステッカータ教会の常任オルガニストに任命され、ファルネーゼ家の宮廷とも密接な関係を築きます。1719年には一時、同教会の楽長代理も務め、その後任には弟子のジェミニアーノ・ジャコメッリが就きました。
カペッリはミサやモテット、オラトリオなどの宗教音楽を作曲する一方、60歳を過ぎてから本格的にオペラへ進出しました。1710年の共同制作による《寛大なライバルたち》を皮切りに、ヴェネツィアなどでも作品を上演し、1724年の《ヴェンセスラオ》、1726年の《再会した兄弟》へと至ります。最後の劇場作品《再会した兄弟》にはカレスティーニやファリネッリら当代屈指の歌手も出演し、大きな成功を収めました。カペッリは優れたオルガニスト・器楽家であるとともに、人間の声を深く理解した作曲家でもありました。後世の音楽家ジャン=バンジャマン・ド・ラ・ボルドは、彼を優れた作曲家で「独創性」という稀有な長所を備えていたと評しています。最後のオペラの成功から数か月後の1726年10月16日、カペッリはパルマで77歳の生涯を閉じ、同地のサンティッシマ・トリニタ教会に葬られました。
【本日のご紹介曲:2つのヴァイオリンのためのソナタ】
本曲は、2本のヴァイオリンと通奏低音による小規模な室内楽作品です。今回確認できた資料には作曲年は示されていませんが、カペッリが同時代に優れた器楽家としても評価されていたことを実感させる、貴重な現存器楽曲の一つです。
第1楽章「Adagio-Allegro」、第2楽章「Adagio」、第3楽章「Allegro」という3楽章で構成されており、全曲の演奏時間は約6分程度です。第1楽章内部のAdagio-Allegroを含めると、全体には「緩-急-緩-急」という流れが生まれ、イタリア・バロックの教会ソナタを思わせます。冒頭の静かなAdagioから一転して動き始めるAllegro、再び落ち着きを取り戻す中央楽章、そして軽快な終楽章へと、短い作品の中に明瞭な緩急のドラマが凝縮されています。
【聴きどころ】
1)第1楽章、静から動へ切り替わる瞬間
冒頭のAdagioでは、2本のヴァイオリンが落ち着いた表情で音楽を紡ぎます。それがAllegroに入ると、音楽の足取りが一気に軽くなります。同じ楽章の中で空気が鮮やかに入れ替わる、その転換に注目です。
2)第2楽章Adagio、2本のヴァイオリンが「歌う」時間
中央のAdagioでは、華やかな技巧よりも旋律そのものの表情が前面に出ます。2本のヴァイオリンが互いの線を聴き合いながら重なっていく響きには、オペラで人間の声を巧みに扱ったカペッリにも通じる「歌心」を感じることができます。
3)終楽章Allegro、二人の奏者による小さな会話
最後は一転して快活なAllegro。2本のヴァイオリンが旋律を受け渡しながら前へ進み、通奏低音がその下をしっかりと支えます。わずか2分弱の中に勢いと均整が収められ、最後まで聴くと、カペッリが単なる「晩年のオペラ作曲家」ではなく、器楽にも確かな手腕を備えた音楽家だったことが見えてきます。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
カペッリ、ジョヴァンニ・マリア:2つのヴァイオリンのためのソナタ
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