一日一曲(1370)ラヴェル、モーリス:ラ・ヴァルス
本日は、生誕150年(1875年3月7日生)を迎えらえたフランスの作曲家、モーリス・ラヴェルさん特集の4回目です。
アメリカからの帰国後、ラヴェルさんが生涯に残せた楽曲は、『ボレロ』(1928年)、『左手のためのピアノ協奏曲』(1930年)、『ピアノ協奏曲 ト長調』(1931年)、『ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ』(1933年)の、わずか4曲でした。ラヴェルさんは1927年ごろから軽度の記憶障害や言語症に悩まされていたたのですがが、1932年、パリでタクシーに乗っているときに交通事故に遭ってしまいます。幸い、外傷等は大したことが鳴ったのですが、これを機に前述の症状が徐々に進行していきました。楽譜や署名で頻繁にスペルミスをするようになります。字を書くときに文字が震え、筆記体は活字体になり、わずか50語程度の手紙を1通仕上げるのに辞書を使って1週間も費やすようになりました。動作が次第に緩慢になり、手足をうまく動かせなくなり、それまで得意だった水泳ができなくなりました。言葉もスムーズに出なくなったことからたびたび癇癪を起しました。渡されたナイフの刃を握ろうとして周囲を慌てさせたこともあったそうです、それでも、自身の曲の練習に立ち会った際には演奏者のミスを明確に指摘したそうです。1933年11月、パリで最後のコンサートを行い、代表作『ボレロ』などを指揮しました、このころには手本がないと自分のサインも満足にできない状態にまで病状が悪化していた。コンサート終了後、ファンからサインを求められたラヴェルさんは、「サインができないので、後日弟にサインさせて送る」と告げたそうです。1934年には周囲の勧めでスイスのモンペルランで保養に入ったのですが、一向に回復せず、病状は悪化の一途を辿りました。1936年になると周囲との接触を避けるようになり、小さな家の庭で一日中椅子に座ってぼんやりしていることが多くなりました。たまにコンサートなどで外出しても、無感動な反応に終始するか、突発的に癇癪を爆発させるなど、周囲を困惑させました。あるときは友人に泣きながら「私の頭の中にはたくさんの音楽が豊かに流れている。それをもっとみんなに聴かせたいのに、もう一文字も曲が書けなくなってしまった」と呟き、また別の友人には『ジャンヌ・ダルク』の構想を語ったあと、「だがこのオペラを完成させることはできないだろう。僕の頭の中ではもう完成しているし音も聴こえているが、今の僕はそれを書くことができないからね」とも述べています。1937年12月17日に脳外科医クロヴィス・ヴァンサンの執刀のもとで手術を受けました。しかし腫瘍も出血も発見されず、脳の一部に若干の委縮が見られただけでした。手術後は一時的に容体が改善しましたが、まもなく昏睡状態に陥り、意識が戻らぬまま12月28日に満62歳で亡くなられました。
本日の曲は「ラ・ヴァルス」です。本曲は1919年12月から1920年3月にかけて作曲されました。オーケストラのための作品ですが、ラヴェルさん自身によるピアノ2台用やピアノ独奏用の編曲版もあります。タイトルの「ラ・ヴァルス」とは、フランス語で『ワルツ(「ラ」は定冠詞)』のことで、19世紀末のウィンナ・ワルツへの礼賛として書かれました。オーケストラのためにワルツを作曲するという発想は、1906年頃からあったようなのですが、なかなか実現しないまま年月が過ぎ去っていたところ、1917年に、バレエ・リュスの主宰者セルゲイ・ディアギレフがラヴェルを訪問して新しいバレエ音楽の作曲を依頼したことで、少しずつ動き出すこととなりました。依頼から3年経ち、ラヴェルさんは完成した舞踊詩『ラ・ヴァルス』の2台ピアノ版を、ディアギレフに披露しました。居合わせた作曲家プーランクの証言によれば、演奏を聴き終わったディアギレフは、『ラ・ヴァルス』が傑作であることは認めつつも、バレエには不向きな「バレエの肖像画、バレエの絵」であるとして、なんと受け取りを拒否したそうです。ラヴェルさんとディアギレフさんとの仲は決裂してしまいました。
ラヴェルさんは初版の楽譜にこのように記しています。
『渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって来よう。雲が次第に晴れ上がる。と、A部において、渦巻く群集で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。B部のフォルティッシモでシャンデリアの光がさんざめく。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である。』
この文章のように曲は進行します。かなり低く、静かな音で混沌の中から始まり、徐々に徐々にワルツのリズムとメロディが顔を出します。す。華やかなワルツが繰り広げられていきますが、徐々にワルツのリズムは崩れ、テンポも乱れが目立ち始めます。繰り返される転調とワルツのリズムの破壊が進行し、最後は急転直下の幕切れとなります。
ワルツの集大成の音楽と言えるでしょう。ワルツの傑作をどうぞ。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ラヴェル、モーリス:ラ・ヴァルス