一日一曲(1957)サンファン、ペドロ:伝説
本日は、没後50年(1976年10月18日没)を迎えられたスペイン生まれの作曲家、ペドロ・サンファンさんの曲をご紹介します。
【ペドロ・サンファン:スペインの抒情を携えて大西洋を渡り、ハバナではアフロ・キューバのリズムと前衛の息吹を吸収し、指揮・教育・作曲を通して二つの音楽世界を結んだ「大西洋を渡る音楽の架橋者」】
ペドロ・エウヘニオ・サンファン・ノルテス(Pedro Eugenio Sanjuán Nortes)は、1886年11月15日、スペイン北部バスク地方のサン・セバスティアンに生まれました。幼いころからソルフェージュとヴァイオリンを学び、のちにマドリードへ移ってバルトロメ・ペレス・カサスやホアキン・トゥリーナらに作曲を師事。若くしてマドリード交響楽団に入り、ヴァイオリン奏者からコンサートマスターへと進みました。その後パリのスコラ・カントルムでヴァンサン・ダンディに学び、帰国後は王室のアラバルデロス軍楽隊を指揮するなど、指揮者としても活動を広げました。
大きな転機となったのは1923年のキューバ移住です。翌1924年、セサル・ペレス・センテナートらとハバナ・フィルハーモニー管弦楽団を創設して首席指揮者となり、1932年まで率いました。同楽団ではストラヴィンスキーをはじめとする新しい音楽を積極的に取り上げる一方、アマデオ・ロルダンやアレハンドロ・ガルシア・カトゥーラら若いキューバ音楽家を後押ししました。サンファン自身もキューバの文化から強い刺激を受け、《黒い典礼(Liturgia negra)》や《チャンゴ》など、アフロ・キューバのリズムや音色を取り込んだ作品を生み出していきます。
1930年にはメキシコ国立管弦楽団に客演し、1932年にスペインへ帰国したのちヨーロッパ各地で指揮活動を展開しました。しかしスペイン内戦を機に再び国外へ移り、1937年にキューバへ渡りました。1941年にはアメリカへ移住し、翌1942年からサウスカロライナ州のコンヴァース・カレッジで作曲を教えるなど、指揮者・作曲家・教育者として活動を続けました。1976年10月18日、ワシントンD.C.で89年の生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:伝説(Una leyenda)】
本曲は、サンファンがキューバへ渡った1923年に書いたギター独奏曲です。アンドレス・セゴビアの資料に残された自筆譜には「Madrid, 2 / Febrero 1923」とあり、セゴビアへの献辞も記されています。その後この楽譜はセゴビアの手元に残りながら、彼の主要な演奏・録音レパートリーには入らず、長く眠ることになりました。のちにセゴビア財団の資料から再発見され、「アンドレス・セゴビア・アーカイヴ」の一作として出版・録音されています。
作曲されたのは、サンファンがアフロ・キューバ音楽に深く傾倒する直前です。そのため、後年の《黒い典礼》などとは趣を異にし、ここでは19世紀末から20世紀初頭のスペイン・ロマン主義の香りが濃厚です。ブックレットを執筆したアンジェロ・ジラルディーノは、この曲を「アルハンブラ派」のロマン主義につながる作品と捉え、芸術的にはアルベニスの小品とタレガの《アラビア風奇想曲》の中間に位置するものと評しています。
ほの暗い情熱を帯びたスペイン的な旋律が、ギターならではの柔らかな分散和音や装飾をまといながら歌われ、やがてより明るく抒情的な世界をのぞかせます。華麗な技巧を前面に押し出すというより、一つの古い物語を語り聞かせるように音楽が進むところが魅力です。まだキューバ移住によってアフロ・キューバ音楽から本格的な刺激を受ける前のサンファンが、トゥリーナやタレガに連なるスペイン音楽の語法の中で書いた、若き日の「音による伝説」といえるでしょう。ブックレットが《アラビア風奇想曲》を比較対象として挙げているのも、聴いていて納得しやすいポイントです。
なお、NMLでは曲名が「アストゥリアス(伝説)」と表示されていますが、自筆譜や楽譜出版、原盤の表記はいずれも《Una leyenda》であるため、本記事では原題に即して「伝説」といたしました。ちなみに、アルベニスには《アストゥリアス(伝説)》として広く知られる別作品があります。
【聴きどころ】
1)「ムーア風」の陰影を帯びた旋律
まず耳を引くのは、どこか遠い時代を思わせる、憂いを帯びた旋律です。半音の揺れや装飾的な動きによって異国的な色合いが生まれ、タレガの《アラビア風奇想曲》やアルハンブラを題材としたスペイン・ロマン派の世界を思わせます。強く歌い上げるより、余韻を残すようなギターの歌わせ方に注目です。
2)暗い物語から光が差し込むような抒情の変化
作品全体を覆うやや影のある雰囲気の中から、途中でより柔らかく明るい抒情が姿を現します。単純な「暗から明」ではなく、同じ物語を別の光から眺めるように響きが変化するところが面白いところ。ギター一挺だけで場面の遠近感が変わっていくのを味わいたい部分です。
3)「後年のサンファン」になる直前のスペイン
サンファンといえば、キューバ移住後のアフロ・キューバ的作品が重要ですが、この曲にはまだその世界がほとんど現れていません。1923年という作曲年を意識すると、「この直後、大西洋を渡って作曲家の耳そのものが変わっていく」という歴史の境目が聴こえてくるようです。後年の《黒い典礼》《チャンゴ》などを知ってから聴き直すと、この一曲がサンファンのスペイン時代の美しい置き土産のようにも感じられます。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
サンファン、ペドロ:伝説
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