一日一曲(1889)カヴァッチョ、ジョヴァンニ:ドーリがここに来て
本日は、没後400年(1626年8月11日没)を迎えらえたイタリアの作曲家、ジョヴァンニ・カヴァッチョさんの曲をご紹介します。
【ジョヴァンニ・カヴァッチョ:イタリアの聖堂を荘厳な多声合唱で彩り、ヨーロッパ全域にその名を響かせたルネサンス・ポリフォニーの巨匠】
ジョヴァンニ・カヴァッチョ(Giovanni Cavaccio)は、1556年頃にイタリア北部のベルガモで生まれました。彼の初期の生涯に関する詳しい記録は多くありませんが、若い頃から音楽家としての才能を発揮し、ドイツのミュンヘンにあるバイエルン宮廷で歌手として仕えた実績を持っています。その後、ローマやヴェネツィアといった当時の音楽の先進都市をめぐり、多様な音楽様式と触れ合いながら研鑽を積みました。
故郷ベルガモに戻ったカヴァッチョは、1581年頃までにベルガモ大聖堂の音楽監督(マエストロ・ディ・カッペッラ)に就任します。さらに1598年には、同地の名刹であるサンタ・マリア・マッジョーレ教会の音楽監督に抜擢され、亡くなるまで25年以上にわたりその職を務め上げました。彼は聖歌隊の指導や楽曲制作に情熱を注ぎ、特に複数の合唱隊を配置して立体的で豊かな響きを創り出す「複合唱(ポリコラール)」様式で多くの名作を生み出しました。彼の宗教声楽作品やオルガン曲、マドリガーレ(多声歌曲)は高い評判を呼び、イタリア国内にとどまらずドイツやオーストリアなどへも楽譜が広まりました。
1626年8月11日、カヴァッチョは生まれ故郷であるベルガモにてその生涯を閉じました。彼の遺した美しく緻密な多声歌曲は、ルネサンス後期から初期バロックへと移り変わる時代の架け橋として今なお高い価値を保ち続けています。
【本日のご紹介曲:ドーリがここに来て(Giunta qui Dori, e pastorelli amanti)】
作曲年(出版年):1592年
作詞:ジャコモ・センプレビーヴォ(Giacomo Semprevivo)
ヴェネツィアの楽譜印刷業者アンジェロ・ガルダーノが1592年に出版した曲集『ドーリの勝利』のために、カヴァッチョが寄せたマドリガーレです。この曲集はヴェネツィアの貴族レオナルド・サヌードが妻エリザベッタ・ジュスティニアンを称えるために企画・委嘱したもので、パレストリーナやG.ガブリエリら名だたる29人の作曲家が参加しました。
歌詞では、海の神オケアノスの娘である海の精「ドーリ」(サヌードの妻の象徴)が姿を現し、森の神々(boscarecci numi)や恋する羊飼いたち(pastorelli amanti)、妖精たち(ninfe)が清らかな川のほとりで音楽と踊りに興じるアルカディア(理想郷)の田園情景が描かれています。
【聴きどころ】
1)躍動感あふれる「ドーリの登場」と多声の掛け合い
冒頭「Giunta qui Dori(ドーリがここに来て)」のフレーズから各声部が鮮やかに追い交わし、理想郷に妖精ドーリが舞い降りた瞬間の華やぎと胸の高鳴りを立体的なポリフォニーで表現しています。
2)清らかな水面を連想させる繊細な「絵画的描写(マドリガリズム)」
「Grat’armonia qui fiumi, Limpido sono e fresch’e dolci linfe(川のほとりで響く心地よい調和、清らかで爽やかな甘い水)」という歌詞の部分では、声部が滑らかに交差して流れるような音型を描き、澄んだ清流のせせらぎを眼前に浮かび上がらせます。
3)愛の女神の祝福と「Viva la bella Dori!」の堂々たる交響
愛の女神(d’amor la dea)が心に歓喜をもたらす場面を経て、曲集共通のリフレインである結びの言葉「Viva la bella Dori!(美しきドーリ万歳!)」へと向かいます。全声部がひとつに重なり合い、鮮やかで温もりのある和声が祝祭のクライマックスを力強く飾ります。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
カヴァッチョ、ジョヴァンニ:ドーリがここに来て
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