一日一曲(1921)バッハ、ヨハン・ベルンハルト:管弦楽組曲第1番ト短調

 本日は、生誕350年(1676年5月23日生)を迎えらえたドイツの作曲家、ヨハン・ベルンハルト・バッハさんの曲をご紹介します。

【ヨハン・ベルンハルト・バッハ:大バッハも認めた天才の血脈、アイゼナハの宮廷を彩ったバロック音楽の隠れた大家】
 ヨハン・ベルンハルト・バッハは1676年5月23日にエルフルトで生まれました。父はヨハン・エギディウス・バッハであり、大バッハ(ヨハン・ゼバスティアン・バッハ)の父親の従兄にあたる人物です。すなわち、ヨハン・ベルンハルトは大バッハの従伯父(再従兄)という血縁関係にあたります。
 彼は幼少期から音楽的才能を示し、オルガニストとしてキャリアをスタートさせました。故郷エルフルトのカウフマン教会でオルガニストを務めた後、1699年にはマグデブルクのカタリーナ教会へと赴任します。そして1703年、彼にとって大きな転機が訪れます。一族の偉大な先輩であり、大バッハも「深い洞察力を持つ作曲家」と深く尊敬していたヨハン・クリストフ・バッハが亡くなると、ヨハン・ベルンハルトはその後任としてアイゼナハの聖ゲオルク教会のオルガニストに抜擢されたのです。さらに1712年には同地の宮廷楽長(カペルマイスター)に就任し、生涯にわたりその地位を守り抜きました。
 アイゼナハでの彼は、当時同地の宮廷楽長を務めていたゲオルク・フィリップ・テレマンとも親交を結び、フランス様式を取り入れた現代的な合奏曲を多数手がけました。現存する彼の作品はごくわずかですが、4曲の管弦楽組曲(序曲)は特に重要視されています。これらの楽譜は大バッハやその息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、弟子たちの手によって丁寧に書写され、ライプツィヒの学生合奏団「コレギウム・ムジクム」の演奏会や有名な「カフェ・ツィンマーマン」などで実際に演奏されました。大バッハ自身がその音楽的価値を高く評価し、大切に保存したからこそ、彼の傑作は今日まで残されることとなったのです。
 宮廷音楽家およびオルガニストとして誠実に音楽に捧げた生涯を送り、1749年6月11日にアイゼナハにて73歳でその生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:管弦楽組曲第1番ト短調】
 1700年代初頭のドイツで大流行していたフランス風の「管弦楽組曲(序曲)」の様式を踏襲した作品です。当時、ドイツの宮廷文化ではフランス風の洗練やエレガンスが尊ばれており、タイトルにもフランス語が用いられています。
 このト短調の組曲は、弦楽合奏と通奏低音という基本編成に加えて独奏ヴァイオリンが活躍する「協奏曲的(コンサート・スタイルの)」要素を含んでおり、フランス風の格式高さの中にイタリア音楽のような華やかさと躍動感が溶け込んでいるのが大きな特徴です。哀愁を帯びたト短調の響きが美しく、聴く者の心を惹きつけます。

【聴きどころ】
1)重厚なフランス風序曲とヴァイオリンの躍動(第1曲:序曲)
 曲の冒頭(序曲)は、フランス様式特有の堂々とした付点リズムで重厚に始まります。しかし後半のテンポが上がる部分に入ると、独奏ヴァイオリンが縦横無尽に駆け巡るスリリングで疾走感あふれる展開を見せます。重厚さと軽快なスピード感の対比が見事な聴きどころです。

2)気品と切なさが交錯する「ロンド」と「ルーレ」(第3曲・第4曲)
 親しみやすいテーマが何度も形を変えて帰ってくる軽快な「ロンド(Rondeau)」 と、ゆったりとした優雅な3拍子の舞曲「ルーレ(Loure)」の流れが秀逸です。ト短調ならではのどこか切なく甘美な旋律が、気品あるバロック舞踊のリズムに乗って繊細に織りなされます。

3)自由で即興的な表現が光る「ファンタジー」(第6曲)
 通常の舞曲(ガヴォットやメニューエットなど)の枠組みにとらわれない、非常に珍しい楽章「ファンタジー(Fantaisie)」が置かれています。作曲者の自由で豊かなアイデアが溢れ出ており、移り変わる感情の動きや絵画的な描写力を存分に楽しむことができます。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
バッハ、ヨハン・ベルンハルト:管弦楽組曲第1番ト短調

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