一日一曲(1893)ザイフリート、イグナーツ・フォン:オッフェルトリウム「アヴェ・マリア」

 本日は、生誕250年(1776年8月15日生)を迎えられたオーストリアの作曲家、イグナーツ・フォン・ザイフリートさんの曲をご紹介します。

【イグナーツ・フォン・ザイフリート:モーツァルトの教えを受け、ベートーヴェン『フィデリオ』初演を指揮するなど19世紀ウィーン音楽界を支えた陰の立役者】
 イグナーツ・フォン・ザイフリート(Ignaz von Seyfried)は、1776年8月15日に神聖ローマ帝国(現在のオーストリア)のウィーンで生まれました。幼少期から卓越した音楽の才能を示し、自伝的手記によればヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトから直接ピアノの指導を受けたほか、対位法の大家として知られるヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガーにも師事して音楽的素養を磨きました。
 成長したザイフリートは劇場の指揮者として頭角を現します。1797年には劇作家エマヌエル・シカネーダーが率いる劇場の指揮者となり、1801年から1826年という長きにわたりウィーンのアン・デア・ヴィーン劇場の楽長(音楽監督)を務めました。この時期の最も印象的なエピソードとして、1805年に彼がルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの唯一のオペラ『フィデリオ』(初稿版)の初演指揮を執ったことが挙げられます。ザイフリートはベートーヴェンと親密な交友関係を結んでおり、後に彼の思い出や楽曲分析に関する手記を残したことは、音楽史研究における極めて貴重な証言資料となっています。
 1820年代後半以降は劇場での活動から徐々に退き、宗教音楽の作曲や音楽理論書・対位法研究の校訂出版に没頭しました。彼の教育者としての功績も大きく、教え子の中には名オペレッタ作曲家のフランツ・フォン・スッペや、後にブラームスの師となるエドゥアルト・マルクスゼンらが名を連ねています。ウィーンの音楽生活に多大な貢献を果たしたザイフリートは、生涯を過ごした故郷ウィーンにて1841年8月27日に65歳で息を引き取りました。

【本日のご紹介曲:オッフェルトリウム「アヴェ・マリア」】
 ザイフリートはオペラや劇音楽だけでなく、ミサ曲やレクイエム、モテットといった宗教曲も精力的に手がけました。本作品は彼が1800年代〜1830年代のウィーンで生み出した宗教合唱作品の一つです。
 タイトルの「オッフェルトリウム(Offertorium)」とは、カトリック教会のミサ(礼拝)において、パンとワインを神の祭壇へと捧げる「奉納」の儀式(奉納唱)の際に歌われる宗教楽曲を意味します。この儀式に合わせて、聖母マリアへの祈りとして親しまれている有名な祈祷文「アヴェ・マリア」のテキストをのせて作曲されたのが本作です。
 ウィーン古典派の端正な形式美を受け継ぎつつ、初期ロマン派らしい温かみのあるメロディと美しいポリフォニー(多声部)が融合した、心洗われるような名曲に仕上がっています。

【聴きどころ】
1)奉納の儀式に相応しい荘厳で穏やかな旋律
 ミサの奉納という静粛な瞬間に寄り添うよう、旋律は穏やかで澄み渡っています。聖母マリアへの深い敬意と祈りが、優しく心に染み入るメロディラインで表現されています。
2)伝統的な対位法に裏打ちされた美しい声部の絡み合い
 アルブレヒツベルガー譲りの確かな対位法技術が存分に発揮されています。各声部(ソプラノ、アルト、テノール、バスなど)が整然と重なり合い、調和していく重厚かつ透明感のあるハーモニーは必聴です。
3)ウィーン古典派からロマン派への架け橋となる響き
 モーツァルト風の素直で整った旋律美と、ベートーヴェン世代らしいドラマティックで情緒豊かな和声展開が絶妙なバランスで同居しており、19世紀前半のウィーン宗教音楽の魅力が凝縮されています。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ザイフリート、イグナーツ・フォン:オッフェルトリウム「アヴェ・マリア」

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