一日一曲(1939)ベルティーニ、アンリ:九重奏曲ニ長調

 本日は、没後150年(1876年9月30日没)を迎えられたフランスの作曲家、アンリ・ベルティーニさんの曲をご紹介します。

【アンリ・ベルティーニ:華麗な技巧を誇示するよりも、歌心と均整、室内楽的な対話を大切にした、19世紀フランスのピアニスト・作曲家・音楽教育者】
 アンリ・ジェローム・ベルティーニ(Henri Jérôme Bertini)は、1798年10月28日、ロンドン生まれのフランス人ピアニスト・作曲家です。フランス革命期に一家がイギリスへ逃れたためロンドンで誕生しましたが、生後半年ほどで父とともに大陸へ戻りました。幼いころから父ジェロームに音楽を学び、さらに異母兄オーギュストからピアノと作曲の指導を受けました。オーギュスト自身がムツィオ・クレメンティに学んだピアニストであったことから、そのピアノ奏法の伝統もアンリへ受け継がれたと考えられています。12歳ごろにはすでに演奏家として活動し、父とベルギー、オランダ、ドイツのライン地方を巡る演奏旅行を行いました。
 その後パリで作曲を学び、イギリスやスコットランド、ブリュッセルなどでも活動しました。1820年にはブリュッセルで一幕物の喜歌劇《Le jaloux dupé》を上演しますが、これは成功には至りませんでした。翌1821年ごろからパリを本拠とし、急速に拡大していたピアノ教育の世界で教師・演奏家として名声を築いていきます。ベルティーニの教育作品は単なる指の訓練ではなく、音楽的表現や作曲技法の習得まで視野に入れたものでした。
 一方、演奏家としてもフランツ・リスト、オーギュスト・フランショーム、フェルナンド・ソルらと共演し、1834年には室内楽演奏を目的とするCercle Musicalを創設しました。彼はピアノ三重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、セレナード、六重奏曲など数多くの室内楽を書き、とりわけ独奏ピアノを突出させず、各楽器を対等に扱う書法に長けていました。
 1840年代末ごろから次第に公的な活動から退き、グルノーブル近郊のコラン、のちメイランへ移住しました。晩年にはグランド・シャルトルーズ修道院の教会でオルガン即興を行い、宗教作品や歌曲なども作曲しています。1861年にはメイランに邸宅を購入し、そこで晩年を過ごしました。1876年9月30日、メイランで死去しました。

【本日のご紹介曲:九重奏曲 ニ長調 Op.107】
 《九重奏曲 ニ長調 Op.107》は、ベルティーニが室内楽の枠を越えて、より大きな音響世界へ踏み出した時期を代表する作品です。1836年にルモワーヌ社から出版され、1838年にパリで演奏されました。
 編成がとても面白く、ヴァイオリンもクラリネットもありません。その代わり、フルート、オーボエ、ファゴットという木管、ホルンとトランペットという金管、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという中低音の弦楽器、そしてピアノが組み合わされています。そのため「ピアノを中心とした大編成室内楽」というより、9人の奏者による小さなオーケストラを思わせる色彩を持っています。
 この作品を実際に1838年に聴いた人物の一人が、なんとエクトル・ベルリオーズでした。ベルリオーズは『Revue et Gazette musicale』誌で、各楽器がそれぞれの能力に応じて全体の効果に貢献し、どの楽器も単独で目立とうとしない点を高く評価しています。さらにピアノについても、技巧をひけらかすことなく音楽的なフレーズの表現に徹していると述べました。
 中心となるのは第2楽章《La Mélancolie(憂鬱)》です。ベルリオーズはこの楽章を単なる「憂鬱」を超えた、壮大で暗い威厳を備えた音楽として絶賛し、作品全体の中にそびえる「周囲の峰々の中のモンブラン」になぞらえています。
 第1楽章の大規模なアレグロ、第2楽章の深い瞑想、第3楽章の猛烈なスケルツォ、そしてロンド形式による活気あふれるフィナーレへと進み、約34分という時間の中に交響曲さながらの起伏が凝縮されています。

【聴きどころ】
1)「主役のいない協奏曲」のような、9楽器の鮮やかな対話
 まず注目したいのは、ピアノが主役になりすぎないことです。ヴィルトゥオーゾ・ピアニストであったベルティーニなら、ピアノを華麗に活躍させることはいくらでもできたはずですが、ここではむしろ各楽器を公平に扱っています。木管、金管、弦、ピアノが次々に前景へ現れては退き、音色が万華鏡のように入れ替わります。ベルリオーズがこの絶妙な均衡を特に評価したのも納得できます。

2)第2楽章《La Mélancolie》、静かな「憂鬱」を越えた深い瞑想
 この作品を一つの楽章だけ聴くなら、まず第2楽章です。題名は「憂鬱」ですが、単に物悲しい音楽ではありません。ゆっくりと広がる旋律と暗い響きの中から、次第に堂々としたスケール感が立ち上がります。ベルリオーズが「モンブラン」とまで評した理由を探しながら聴くと面白いでしょう。約8分の楽章ですが、時間が静かに膨張していくような独特の感覚があります。

3)スケルツォからフィナーレへ、突然「舞台」が動き出す
 深い第2楽章のあと、第3楽章はPrestissimo risoluto。猛烈なスピードで音楽が走り始めます。ブックレットでは、オーケストレーションすれば「軽騎兵の騎行曲」のようにもなると評されています。そして終楽章ではロンド形式を土台に、性格の異なるエピソードが次々と登場します。とりわけホルンとトランペットの威勢のよい響きが音楽をかき回し、最後はほとんどアルルカンを思わせるような、道化的で華やかな結末。第2楽章の深刻さとの落差も、この作品の大きな魅力です。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ベルティーニ、アンリ:九重奏曲ニ長調

ベルティーニ、アンリ:九重奏曲ニ長調(CD)

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