一日一曲(1940)ラティス、フランチェスコ:天国と地獄のチャッコーナ
本日は、没後350年(1676年11月14日没)を迎えられたイタリアの作曲家、フランチェスコ・ラティスさんの曲をご紹介します。
【フランチェスコ・ラティス:踊りのリズムに天国と地獄をのせ、親しみやすい音楽で信仰を伝えた、17世紀北イタリアの「音楽による信仰実践」の担い手】
フランチェスコ・ラティス(Francesco Ratis)は、17世紀初頭にイタリア北部のコモで生まれた司祭、オルガニスト、音楽家です。生年は1600年頃とされることがありますが、正確な年は分かっていません。故郷コモで活動したのち、1638年にキアヴェンナへ移り、サン・ロレンツォ参事会教会のオルガニストとなりました。その後約30年間を当地で過ごし、オルガニストとしてだけでなく、司祭、さらに当時のレーティア地方における使徒的宣教師としても活動しました。
ラティスの活動を理解するうえで重要なのが、聖フィリッポ・ネリに由来する祈祷所「オラトリオ」を中心とした宗教活動です。そこでは説教や黙想だけでなく歌も重視され、親しみやすい音楽を通して人々の心を宗教的な思索や信仰へと導こうとしました。キアヴェンナでもこうした霊的実践が行われ、ラティスはその開始と運営を担う中心人物の一人となりました。
1657年にはミラノで《キアヴェンナのオラトリオで歌われる宗教的・道徳的カンツォネッテ》が匿名で出版されました。この曲集には単旋律、多声音楽、対話形式の作品などが収められ、当時よく知られていた歌や舞曲、オスティナート・バスなどの音楽的な型を宗教的な内容へ取り入れた作品も数多く含まれています。三声作品は一声または二声でも歌えるとされ、旋律は比較的簡潔で、言葉が伝わりやすい書法が特徴です。また、スペイン・ギターによる伴奏が指定され、作品によっては通奏低音も加えられます。
ただし、この曲集は匿名出版であり、ラティス自身がどこまで作曲したのかは明確ではありません。ブックレットでは、曲集の大部分、あるいは全体をラティスが作曲した可能性が高いとされています。したがって、現在ラティスの名で演奏されている作品についても、厳密には「ラティスに帰属される作品」と考えるのが慎重でしょう。
1667年末頃、ラティスは故郷コモへ戻り、司教の許可を得て聖フィリッポ・ネリの会衆を設立し、その長となりました。1676年11月14日にコモで亡くなり、サン・ジャコモ教会に埋葬されました。
【本日のご紹介曲:天国と地獄のチャッコーナ】
《天国と地獄のチャッコーナ》は、1657年にミラノで出版された《宗教的・道徳的カンツォネッテ》に収められた作品です。曲集そのものが匿名で出版されているため、厳密にはラティスに帰属される作品ですが、現在ではラティスに帰属する作品として録音されています。
題名にある「チャッコーナ」とは、17世紀に広く親しまれた舞曲・変奏形式の一つで、繰り返される低音や和声の型を土台にして音楽を展開させていきます。この曲集では、当時よく知られていた旋律やオスティナート・バスなどの音楽的な型がしばしば利用されており、《天国と地獄のチャッコーナ》も「ラ・チャッコーナ」と呼ばれる音楽的な型を基礎としています。
興味深いのは、もともと世俗的で、身体を動かしたくなるような舞曲のリズムを使いながら、歌われる内容は「天国と地獄」であることです。曲集では、当時親しまれていた世俗音楽を宗教的な内容へ転用する方法がしばしば用いられていますが、単純に歌詞だけを置き換えるのではなく、旋律やリズムにも手が加えられていました。
歌詞は非常に分かりやすく、まず天国側が「天国にいることは、なんと素晴らしいことだろう」と歌い、祝祭と笑いに満ちた世界、そして神の顔を見る喜びを描きます。すると地獄側が「地獄にいることは、なんと恐ろしいことだろう」と応え、涙と永遠の火、神を見ることのできない苦しみを歌います。以後も天国と地獄が交互に登場し、その対照が鮮やかに描かれていきます。
天国には厳しい寒さも暑さもなく、雨も嵐も雷もなく、空はいつも晴れています。対する地獄には火と氷、霜、嵐、激しい暑さが一つの場所に集まっています。そして最後には、天国には「望むものがすべてあり、望まないものは何もない」のに対し、地獄ではその正反対であると歌われます。
神学的な概念を難しい言葉で説明するのではなく、暑さ、寒さ、晴れた空、欲しいものがあるかないかといった、誰にでも想像できる感覚に置き換えているところも、この作品の大きな魅力です。
【聴きどころ】
1)踊りたくなる音楽で「天国と地獄」を歌う面白さ
「地獄」「永遠の責め苦」と聞くと、重苦しい宗教音楽を想像してしまいます。しかし、実際に流れてくるのは軽快で反復性の強いチャッコーナです。
これは決して場違いなのではなく、むしろこの曲集の重要な特徴です。聖フィリッポ・ネリに由来するオラトリオの活動では、聴き手が親しみやすい音楽を通して宗教的な内容を心に残すことが重視されました。聴き手が親しみやすい音楽を通して宗教的な内容を心に残すことが重視されました。曲集そのものも「すべての人の霊的な楽しみ」のために作られたレパートリーとして説明されています。
深刻な題材を、思わず身体が反応するような舞曲のリズムで歌う。その意外な組み合わせこそ、この作品のいちばん楽しい入口です。
2)天国と地獄の鮮やかな掛け合い
歌詞は、
天国 → 地獄 → 天国 → 地獄 → 天国 → 地獄
という、非常に明快な構成で進んでいきます。
天国では祝祭、笑い、晴れた空、満たされた幸福が歌われます。一方、地獄では涙、火、氷、嵐、そして永遠に逃れられない苦しみが描かれます。
しかも、その対比は抽象的ではありません。「天国は快適」「地獄は暑くて寒くて嵐まである」といった、驚くほど具体的で素朴な表現です。そのためイタリア語が分からなくても、歌声や音楽の雰囲気から、二つの世界が交互に現れる小さな音楽劇のように楽しむことができます。
3)繰り返されるチャッコーナのリズムと、色彩豊かな古楽器
作品全体を支えているのが、チャッコーナ特有の反復する音楽的な型です。同じ土台が繰り返されることで、天国から地獄へ、地獄から天国へと場面が切り替わっても、音楽全体には一貫した推進力が生まれます。
約4分弱という短い作品ながら、次々に響きの色が変化し、まるで小さなバロック劇場を覗き込んでいるような賑やかさがあります。繰り返される舞曲のリズム、天国と地獄の掛け合い、そして古楽器の色彩。この三つが重なって、350年以上前の宗教歌とは思えないほど生き生きとした音楽になっています。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ラティス、フランチェスコ:天国と地獄のチャッコーナ
ラティス、フランチェスコ:天国と地獄のチャッコーナ(Amazon Music)
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