一日一曲(1897)メラーニ、アレッサンドロ:コンチェルト・スピリチュアーレ
本日は、昨日ご紹介した作曲家の弟にあたる作曲家、アレッサンドロ・メラーニさんの曲をご紹介します。
【アレッサンドロ・メラーニ:ローマのバロック音楽界を牽引し、オペラと宗教曲の両分野でメディチ家をはじめとする名門パトロンを魅了した音楽家】
アレッサンドロ・メラーニ(Alessandro Melani)は、1639年2月4日にトスカーナ地方のピストイアで誕生しました。父ドメニコはピストイア大聖堂の鐘鳴らし兼司教の駕籠担ぎという謙虚な身分でしたが、メラーニ家の兄弟からは優れた音楽家が数多く輩出されました。昨日ご紹介した長兄のヤコポはオペラ作曲家として活躍し、次兄のアット(2026年3月30日にUP)は著名なカストラート歌手にしてフランス王ルイ14世に仕える外交官となるなど、メラーニ一族は17世紀のイタリアおよびフランスの音楽界に深い足跡を残しています。
アレッサンドロ自身は、1650年から1660年にかけてピストイア大聖堂の聖歌隊員として音楽の基礎を固めました。その後、オルヴィエートやフェッラーラで楽長(マエストロ・ディ・カッペッラ)を歴任し、故郷ピストイアで兄ヤコポの後任を務めたのち、1667年10月にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂のリベリオ聖歌隊長に就任します。さらに1672年7月までにはローマのサン・ルイジ・デイ・フランチシェシ教会の楽長に就任し、生涯その職務を全うしました。
教皇クレメンス9世の即位という好機にも恵まれたローマ時代、彼は音楽愛好家であったトスカーナ大公子フェルディナンド・デ・メディチらの強力なパトロンを得て、目覚ましい活躍を見せました。また宗教曲にとどまらず、1669年にはドン・ジョヴァンニ伝説(石像の客の物語)を世界で初めてオペラ化した『罰せられた不義者(L’empio punito)』を初演するなど、オペラ史にもその名を刻んでいます。そして1703年10月3日、長年拠点としたローマにて64歳でその生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:コンチェルト・スピリチュアーレ Op.3】
『コンチェルト・スピリチュアーレ(Concerti spirituali)』作品3は、メラーニがサン・ルイジ・デイ・フランチシェシ教会の楽長を務めていた1682年にローマのマスカカルディ出版所から刊行された、2〜5声と通奏低音のための18曲からなるモテット集です。
本作はトスカーナ大公子フェルディナンド・デ・メディチに捧げられており、当時非常に信心深かった大公コジモ3世の治世下のフィレンツェで好まれた虔信的な精神性と、洗練されたトスカーナの嗜好が反映されています。「コンチェルト(協奏曲)」というタイトルが示す通り、声楽パートでありながら楽器のような華やかさや対話性を持った現代的な書き方が特徴です。
【聴きどころ】
1)声楽によるドラマチックな「対話」と色彩感
曲集の最初を飾るマリア・アンティフォナのパラフレーズ『Salve Mater et Regina』の結び(「o clemens, o pia…」)に象徴されるように、複数の声部がまるで互いに祈りを捧げ合い語りかけるような、劇的で美しい対話が展開されます。
2)声楽を器楽のように扱う巧みなポリフォニー
単なる合唱曲にとどまらず、各声部が器楽ソナタの楽器のように躍動感をもって絡み合います。ローマ派の重厚な多重合唱(複合唱)スタイルの大家としてのメラーニの手腕が見事に表れています。
3)バロック期独特のコントラストと情感豊かな表現
神への情熱的な祈りや劇的な感情表現が、ソプラノからバスまでの繊細なアンサンブルと通奏低音(オルガン、チェンバロ、テオルボなど)の響きによって生き生きと描かれており、聴き手を飽きさせません。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
メラーニ、アレッサンドロ:コンチェルト・スピリチュアーレ
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