一日一曲(1841)ズーター、ヘルマン:ヴァイオリン協奏曲イ長調

 本日は、没後100年(1926年6月22日没)を迎えらえたスイスの作曲家、ヘルマン・ズーターさんの曲をご紹介します。

【ヘルマン・ズーター:ドイツ・ロマン派の伝統を継承し、20世紀スイスの音楽界を牽引した多才な実力派】
 ヘルマン・ズーターは1870年4月28日、スイスのカイザーストゥール(アールガウ州)に学校教師兼オルガニストの息子として生まれました。幼少期はラウフェンブルグで育ち、音楽家としての最初の一歩となる手ほどきを父親から受けます。バーゼルの人文主義ギナジウム(高等中学校)に通っていた頃にはすでに、チューリヒの作曲家グスタフ・ヴェーバーと文通を交わして音楽理論の教えを仰ぐなど、早くから非凡な才能を見せていました。
 その後、バーゼルでハンス・フーバーらに師事して音楽の研鑽を積むと、1888年にはシュトゥットガルト音楽院へ進学します。さらに2年後の1890年には、自身が強く惹かれていたメンデルスゾーンやシューマンの伝統が息づく音楽の都ライプツィヒへと移り、音楽院でカール・ライネッケらのもとで学び、1892年に極めて優秀な成績で卒業しました。
スイスに帰国後は、シャフハウゼン、チューリヒ、ヴィンタートゥールで合唱指揮者として精力的に活動し、1896年からはチューリヒ音楽院で教鞭を執ります。1900年の夏、みずから創設にも関わった「スイス音楽家協会(STV)」の第1回音楽祭にて『弦楽四重奏曲第1番 ト短調 Op.1』が演奏され、作曲家として最初の大きな成功を収めました。1902年からはバーゼル一般音楽協会(AMG)の交響楽演奏会の指揮者に就任し、数々の合唱団の指揮も兼任するなど、スイス音楽界の中心人物となっていきます。1913年にはバーゼル大学から名誉博士号を授与され、その謝意として『交響曲ニ短調 Op.17』を捧げました。1918年から1921年まではバーゼル音楽学校および音楽院の院長という要職を務め、スイスの音楽教育の発展に尽力しましたが、1926年6月22日、腎臓病の合併症により、惜しまれつつバーゼルで56年の生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:「ヴァイオリン協奏曲イ長調 Op.23」】
 この作品は、ズーターが1921年に作曲した、スイスの近代音楽史を代表する傑作ヴァイオリン協奏曲の一つです。当時、バーゼル近郊のフルーエンに居を構え、ピアニストのルドルフ・ゼルキンとも頻繁に共演していた名ヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュ(1891–1952)のために書かれました。初演は1922年1月28日にバーゼルにて、ブッシュの独奏、そして作曲者みずからの指揮によって行われ、大成功を収めています。全体は古典的な3楽章構成をとっており、世紀末の過度な重厚さとは一線を画す、澄んだ透明感とぬくもりに満ちています。ブッシュの高度な技術を想定した、重音奏法やトリルといったきらびやかな技巧が随所に散りばめられていますが、単なる見せかけのヴィルトゥオーゾ・クンスト(技巧重視の曲)ではありません。むしろヴァイオリンという楽器が持つ「歌うような豊かな表現力」が最大限に生かされており、どこか新古典主義的な端正さと、後期ロマン派のみずみずしい情熱が心地よく同居しているのが特徴です。

【聴きどころ】
1)第1楽章:穏やかな田園風景を思わせる「夏の牧歌」
 第1楽章(Allegro amabile)は、オーケストラによる大げさな導入を避け、最初から独奏ヴァイオリンが極めて穏やかで美しい旋律を奏でることで始まります。この冒頭の雰囲気は、まるで光あふれる「夏の牧歌(Sommeridylle)」のような風情があり、聴く者を一瞬でズーターの音楽世界へと引き込みます。技巧的でありながらも、決して威圧的にならない、優美で透明感のあるヴァイオリンの歌声が堪能できます。
2)第2楽章:父の死を悼む「嵐と深い祈り」
 本来の伝統的な緩慢楽章(遅い楽章)に代わって配置されているのが、この劇的な第2楽章(Tempestoso)です。ズーターが友人に宛てた手紙によると、この楽章は数年前に亡くなった父親への追悼を念頭に置きながら一気に書き進められました。しかし、結果として描き出されたのは単なる哀悼ではなく、激しい「戦い」の音楽でした。降りしきる激しい雨の中を、嵐に抗いながら進む旅人の姿が音楽で描写されており、オーケストラの半音階的な動機と、ソロ・ヴァイオリンによる嵐のようなパッセージが激しく衝突します。単なる伴奏ではなく、独奏とオーケストラが一体となって繰り広げるドラマチックな葛藤は、この曲の最大のハイライトです。
3)第3楽章:暗闇を抜けた先にある、光に満ちた民謡風のフィナーレ
 激しい嵐の楽章から切れ目なく(attaccaで)続く第3楽章は、一転してまるで五月晴れの明るい太陽が差し込むかのような、喜ばしい解放感に満ちています。ロンド形式の主テーマ(Allegretto grazioso)は、スイスの美しい大自然を想起させるような、親しみやすく素朴な民謡風のキャラクターを持っています。楽章の最後(Stretto)に向けて音楽はさらに推進力を増し、独奏ヴァイオリンが目をみはるような華やかな重音奏法とヴィルトゥオーゾ的な素晴らしい弾き込みを披露しながら、イ長調の輝かしい和音で力強く全曲を締めくくります。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ズーター、ヘルマン:ヴァイオリン協奏曲イ長調

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

新時代の名曲名盤500+100 (ONTOMO MOOK) [ レコード芸術 ]
価格:2,640円(税込、送料無料) (2026/6/13時点)

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です