一日一曲(1798)ホロ、ラーシュ:マズルカ
本日は、生誕200年(1826年1月22日生)を迎えらえた(国名)の作曲家、ラーシュ・ホロさんの曲をご紹介します。
【ラーシュ・ホロ:農村のダンスホールに洗練された響きをもたらし、次世代の教育にも魂を注いだハーマルの音楽指導者】
ラーシュ・ホロ(Lars Hollo)は、1826年1月22日にノルウェーのオップラン県フリュベル(Fluberg)に生まれました。彼は幼い頃に家族とともにヘードマルク地方へ移住し、その生涯のほとんどをミョーサ湖畔の街ハーマルで過ごしました。
ホロの音楽的人生は、フィドル奏者であった父から伝統的な奏法を学んだことに始まります。彼は若くして自身のアンサンブルを率い、地域の結婚式や祝宴で欠かせない存在となりました。当時のヘードマルク地方では、都市部の洗練された流行が「大農場の音楽(Storgardsmusikk)」として農村へ波及しており、ホロはまさにその架け橋となる存在でした。
彼は音楽家であると同時に、優れた教育者でもありました。1867年から1901年までの30年以上にわたり、ハーマル師範学校(Hamar lærerskole)の音楽教師として、未来の教師たちに歌唱や楽器を指導しました。性格は非常に謙虚で、名声を求めることなくハーマルの地で教職と創作に励んだと言われています。一方で、彼の遺した楽譜帳には、ポロネーズやマズルカなど、洗練されたリズム感覚が光る数百曲もの作品が記されていました。
1902年2月13日、ホロは長年愛したハーマルの地で、76歳の生涯を閉じました。彼の死後、その膨大な楽譜帳は散逸することなく地域の遺産となり、今日では「Over Stok og Steen」のような現代の奏者たちによって、当時の農村の社交を彩った音色が鮮やかに再現されています。
【本日のご紹介曲:マズルカ】
ホッロが19世紀後半に作曲したこの「マズルカ」は、彼の楽譜帳の中でも特に親しみやすいメロディを持つ小品です。当時のヘードマルクでは、ポーランド発祥のこのリズムが独自の解釈で踊られていました。 この楽曲には、農村の素朴な力強さと、師範学校の教師という知的な背景から生まれる端正な美しさが同居しています。
【聴きどころ】
1)独特の足取りを感じるリズム
マズルカ特有の3拍子の2拍目や3拍目に置かれるアクセントが、農村の土を踏みしめるような力強さを持ちつつも、軽快に響きます。
2)教育者らしい明快な旋律
旋律線が非常にクリアで美しく、余計な装飾を削ぎ落とした「簡潔さ」の中に、ホッロの誠実な人柄が滲み出ています。
3)郷愁を誘う北欧の響き
舞曲でありながら、ふとした瞬間に北欧の冬の静寂や、どこか懐かしい風景を想起させるような、哀愁を帯びた和声の動きが印象的です。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ホロ、ラーシュ:マズルカ
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