一日一曲(1755)メラーニ、アットー:カンタータ「書け、悲しげな瞳よ」
本日は、生誕400年(1626年3月31日生)を迎えらえたイタリアの作曲家兼カストラート、アットー・メラーニさんの曲をご紹介します。
【アットー・メラーニ:太陽王の寵愛とスパイの顔を併せ持つ、バロック期を代表する伝説のカストラート】
アットー・メラーニは1626年3月31日、トスカーナ大公国のピストイアに、鐘突き職人の息子として生まれました。幼少期に去勢を受け、カストラート歌手としての道を歩み始めた彼は、メディチ家の庇護を経て、フランス宰相マザラン枢機卿の招きでパリへと渡ります。1647年にはルイジ・ロッシの歌劇『オルフェオ』の主役を演じ、若きルイ14世を熱狂させるなど、歌手として絶大な名声を築きました。しかし、彼の生涯には「密偵(スパイ)」としてのもう一つの側面があります。マザランの腹心として外交工作に従事し、各地の宮廷で収集した機密情報をフランスへ流すなど、政治の表舞台と裏舞台を自在に行き来しました。一時は政変に巻き込まれフランスを追放される苦難も経験しましたが、教皇選挙(コンクラーヴェ)に関与するなど、その影響力は衰えることがありませんでした。晩年は再びフランス王室の信頼を取り戻し、音楽家としても卓越した技巧と深い情熱を湛えたカンタータを数多く残しました。イタリアとフランスの架け橋となり、波乱万丈の人生を駆け抜けた彼は、1714年1月4日、パリにてその生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:カンタータ「書け、悲しげな瞳よ」】
この楽曲(原題:Scrivete, occhi dolenti)は、イタリアでカンタータというジャンルが確立されつつあった1650年頃に成立した、洗練された初期バロックの傑作です。歌詞の内容は非常に情熱的かつ詩的で、愛の苦悩を「瞳から流れる涙」を「インク」に見立て、自分の「顔」という「紙」にその悲しみを綴るという、当時のバロック文学に特有の劇的な比喩が用いられています。同じ歌詞に基づき、同時期の巨匠ジャコモ・カリッシミも曲を書いており、当時の音楽家たちにとって非常に魅力的な題材であったことが伺えます。
【聴きどころ】
1)「涙のインク」で綴られる痛切な情念
「悲しげな瞳よ、涙のインクで私の顔に苦しみを記せ」と歌い出される冒頭部分は、この曲の核心です。言葉の一つひとつに寄り添うような繊細な旋律が、沈黙して語ることのできない恋心の切なさを浮き彫りにします。
2)独唱と楽器が織りなす「親密な対話」
この曲は、独唱の歌声に対してハープやテオルボ、バロック・ギターといった繊細な撥弦楽器が伴奏を務めます。まるで秘密の手紙を読み上げるかのような、親密で演劇的な響きの美しさを味わってください。
3)内面を映し出す劇的な表現の変化
「舌は沈黙しても、瞳が語る」という歌詞に合わせ、音楽もまた静謐な叙情と激しい情熱の間を揺れ動きます。後にオペラ・セリア(正歌劇)の基礎となる、レチタティーヴォ(語り)とアリア(旋律的歌唱)が融合したバロック初期ならではの実験的な構成が見事です。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
メラーニ、アットー:カンタータ「書け、悲しげな瞳よ」
メラーニ、アットー:カンタータ「書け、悲しげな瞳よ」(amazon music)
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