一日一曲(1859)ウッド、チャールズ:マルコ受難曲
本日は、没後100年(1926年7月12日没)を迎えらえたイギリスの作曲家、チャールズ・ウッドさんの曲をご紹介します。
【チャールズ・ウッド:イギリスの伝統を受け継ぎ、ケンブリッジの地で後進の育成と教会音楽の発展に生涯を捧げた高徳な音楽家】
チャールズ・ウッドは1866年6月15日、アイルランドのアーマー(アードマー)に生まれました。幼少期はアーマー大聖堂の聖歌隊員として活動し、大聖堂付属学校で学びながら、大聖堂のオルガニストから対位法や和声の初期教育を受けました。1883年にロンドンの王立音楽大学(RCM)に入学し、作曲をチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードやヒューバート・パリーに、対位法をフランク・ブリッジに師事しました。1887年に同校での研究を終えると、翌1888年からは同校で教鞭を執り始めます。
同年、ウッドはケンブリッジへ移り、セルウィン・カレッジのオルガン奨学生となりました。1889年にはゴンヴィル・アンド・キーズ・カレッジのオルガン奨学生へと移籍し、1894年には同カレッジのフェロー(研究員)に選出されます。その3年後には、ジョージ・ガレットの後任としてケンブリッジ大学の和声および対位法の講師に就任しました。彼はケンブリッジでのキャリアを一貫して築き上げ、スタンフォードが率いるケンブリッジ大学音楽協会(CUMS)をはじめとする学内の音楽活動に深く関与しました。同時に、王立音楽大学での指導や、英国王立音楽検定(ABRSM)の試験官としても精力的に活動を行いました。
1924年、恩師スタンフォードの死去に伴い、ウッドはケンブリッジ大学の音楽学部教授(プロフェッサー)に選出されましたが、それからわずか2年後の1926年7月12日、ケンブリッジにて60歳でこの世を去りました。彼は生涯を通じてアングリカン・チャーチ(英国聖公会)の教会音楽に多大な貢献を残し、彼が手がけてきた典礼音楽の数々は、現在もイギリス各地の大聖堂の合唱レパートリーとして深く愛され、歌い継がれています。
【本日のご紹介曲:マルコ受難曲】
本日の紹介曲は、ウッドが1920年8月に完成させた、合唱とオルガン、そして独唱者のための宗教名作「マルコ受難曲(St Mark Passion)」です。翌1921年の聖金曜日(グッド・フライデー)に、ケンブリッジのキングス・カレッジ聖歌隊によって初演されました。 この作品が生まれたきっかけは、当時のキングス・カレッジの学長であったエリック・ミルナー=ホワイトからの依頼でした。当時、既存の受難曲を検討していた指揮者のA.H.マンが「J.S.バッハの受難曲は素晴らしいが、普通の聖歌隊が演奏するには規模が大きすぎる」と考えたこと、また、当時の多くの教会で演奏されていたステイナーの「十字架架刑」に代わる新たな選択肢を求めていたことから、ウッドに作曲が委ねられました。
ウッドの「マルコ受難曲」は、19世紀末から20世紀初頭のイギリスで書かれた受難曲の中で、「聖書の本文(福音書)の言葉」をそのまま英語のテキスト(口語訳)として用いた唯一の作品という重要な特徴を持っています。物語が当時の聴衆にとって馴染み深い英語で進み、その合間に会衆もよく知る賛美歌が挟み込まれるという構成は、バッハがドイツ語の聖書とルター派のコラールを用いて聴衆の心に訴えかけた手法に通じるものがあり、この作品の大きな成功の鍵となりました。
【聴きどころ】
1)聖書のドラマを引き締める「4つの賛美歌」
作品はマルコ福音書の物語を5つのセクションに分けるため、4つの異なる賛美歌(全11曲の構成中、冒頭・中間・結尾など計6箇所)が効果的に配置されています。古代の平原聖歌(プレインソング)である「歌え、わが舌よ、栄光の戦いを(Pange lingua)」のメロディなどが、物語の節目で祈りと黙想の時間を生み出し、音楽全体に心地よい一体感と深い感動を与えます。
2)バッハを彷彿とさせる見事なオルガン伴奏
ウッドはJ.S.バッハのオルガン作品(特に『オルガン小曲集』)を深く研究していました。賛美歌の伴奏部分では、彼の卓越した対位法の技術が遺憾なく発揮されており、流麗で緻密なオルガンの動きが合唱の歌声を美しく支え、聴き手を豊かな響きで包み込みます。
3)伝統の中に宿る、ドラマチックで近代的な和声
一見すると、19世紀後半のイギリス伝統のロマン派風な教会音楽のスタイルに聴こえますが、ウッドの音楽語法はさらに一歩先を進んでいます。福音書記者(エヴァンゲリスト)が伴奏なし(ア・カペラ)で淡々と物語を進める静寂な瞬間のなかに、時折、後期ワーグナーを思わせるようなドラマチックで色彩豊かな和声のきらめきが顔を覗かせ、聴く者を飽きさせません。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ウッド、チャールズ:マルコ受難曲
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