一日一曲(1858)ヴィチェンティーノ、ニコラ:マドンナ、少しの甘さと

 本日は、没後450年(1576年頃没)を迎えらえたイタリアの作曲家、ニコラ・ヴィチェンティーノさんの曲をご紹介します。

【ニコラ・ヴィチェンティーノ:古代ギリシャの音楽の輝きをルネサンスに蘇らせるため、1オクターブを31もの微細な音に切り分けた未知の楽器を考案した驚異の理論家】
 ニコラ・ヴィチェンティーノは1511年、イタリア北部のヴィチェンツァに生まれました。若き日の歩みには謎が多いものの、音楽の都ヴェネツィアにて高名な音楽家アドリアン・ヴィラールトに師事したと考えされています。彼は早くから人文主義の思想に影響を受け、古代ギリシャの音楽理論やその実践に対して人一倍強い関心を抱くようになりました。
 1530年代から1540年代初頭にかけて、ヴィチェンティーノは当時実験的な音楽の先進地として栄えていたフェラーラへと移り、宮廷を率いるイッポリト2世・デステ枢機卿とその一族の音楽教師を務めるようになります。ここで彼の先進的な音楽理論が磨かれていきました。
 彼の生涯における最も劇的な事件は、1551年にローマで巻き起こった「音楽大論争」です。音楽家ヴィセンテ・ルジターノとの間で、当時の音楽における旋法や音階の解釈を巡って激しい議論が交わされました。ルジターノが「現代の音楽はシンプルな全音階だけで説明できる」と主張したのに対し、ヴィチェンティーノは「半音階や、さらに細かい微分音(半音より狭い音)を用いたえん和(エンハーモニック)音階が混ざり合っている」と熱弁を振るいました。
 この公開論争の判定でヴィチェンティーノは敗北を喫してしまいますが、彼は決して自説を曲げませんでした。この悔しさをバネに、自身の理論の正当性を証明するため、1555年に生涯の代表作となる著書を発表することになります。さらに、1オクターブを31鍵に分割して微分音を実際に演奏できる驚異の鍵盤楽器「アルキチェンバロ」を開発し、宮廷の人々を驚かせました。
 その後はヴィチェンツァ大聖堂の楽長などを経て、1565年からはミラノに移り住みます。1570年には司祭にも叙任され、最期まで音楽と信仰に身を捧げましたが、1575年から1576年にかけて北イタリアを襲った凄惨なペストの流行の最中、ミラノの地でその波乱に満ちた生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲マドンナ、少しの甘さと(Madonna, il poco dolce)】
 この楽曲は、ヴィチェンティーノが自身の革新的な音楽理論を証明するために作曲し、1555年にローマで出版した記念碑的な音楽理論書『現代の実践に適用された古代の音楽(L’antica musica ridotta alla moderna prattica)』の中に楽譜例として収録されたマドリガーレ(多声歌曲)です。
 ヴィチェンティーノは、失われた古代ギリシャの音楽が持っていた強いエモーションや表現力をルネサンスの時代に蘇らせようと熱望していました。そこで彼は、1オクターブを12ではなく「31」もの微細な音(微分音)に細分化する独自のシステムを考案し、それを具現化したのがこの曲です。歌詞は「私の淑女(マドンナ)よ、わずかな甘さと、あふれる苦しみ、短い微笑みと、長すぎる涙が私をこのような境地に至らせた……」という、失恋の深い切なさと身を焦がすような愛の苦悩を描いています。ヴィチェンティーノは、この詩が持つ劇的な感情の起伏を表現するために、通常の音階では決して出し得ない未知の響きを、緻密な計算のもとに音符へと昇華させました。

【聴きどころ】
1)現代人の耳をも惑わせる、未知の浮遊感
 1オクターブを31もの音に細分化した調律システム(微分音)が用いられているため、私たちが普段耳にするピアノの音律(12等分)では決して体験できない、奇妙で妖艶なハーモニーが響き渡ります。音が溶けていくような、あるいは空間が歪むような独特の浮遊感が最大の魅力です。
2)言葉の感情を映し出す、極限の色彩変化
 「少しの甘さと、あまりに多くの苦しみ」といった歌詞のコントラストに寄り添うように、音がほんのわずかに、しかし劇的に変化していきます。緻密に計算された不協和音と微分音のコントロールによって、人間の移ろいやすい感情がこれ以上ないグラデーションで表現されています。
3)伝統的な合唱と特殊な楽器の対話
 ルネサンスの気品あるポリフォニー合唱の美しさをベースにしながらも、特殊な調律を施したハープなどの伴奏楽器が絡み合うことで、まるで現代音楽や電子音楽の「うねり(ビート)」を予感させるような不思議な音響空間が構築されています。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ヴィチェンティーノ、ニコラ:マドンナ、少しの甘さと

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