一日一曲(1934)ヴィエル、アナトール:ピアノソナタ第2番

 本日は、生誕100年(1926年6月8日生)を迎えられたルーマニアの作曲家、アナトール・ヴィエルさんの曲をご紹介します。

【アナトール・ヴィエル:古代の民族音楽の息吹と最先端のモダニズムを独自の理論によって緻密に融合させた孤高の音響建築家】
 ルーマニアのヤッシにてユダヤ人の家庭に生まれたアナトール・ヴィエルは、1926年6月8日に生誕しました。幼少期から周囲のルーマニア民俗音楽に深く触れて育ちましたが、第二次世界大戦中にはユダヤ人としてゲットーへ強制収容されるという過酷な運命に見舞われました。一族で暴行を受けたり、ポグロムからかろうじて逃れたりする極限の状況を生き延びた後、戦後になって中断されていた教育を再開し、1946年から1951年にかけてブカレスト音楽院で本格的な音楽の道を歩み始めました。同音楽院では、パウル・コンスタンツェスクに和声法、テオドール・ロガルスキーに管弦楽法、レオン・クレッパーに作曲、コンスタンティン・シルヴェストリに指揮を学ぶという、ルーマニア音楽界における最高の環境で研鑽を重ねました。さらに1951年からはモスクワ音楽院へ赴き、アラム・ハチャトゥリアンのもとで3年間作曲の教えを受けました。
 順風満帆に見える華々しい学問的経歴を重ねる一方で、自身の芸術的探求に妥協することはなく、1945年の19歳の時に書いた弦楽のための『古代様式による組曲』が翌年にジョルジェ・エネスク賞を受賞して頭角を現すと、その後もジュネーブでのマリー・ジョゼ王妃賞やワシントンのセルゲイ・クーセヴィツキー賞をはじめ数々の栄誉に輝きました。初期は民俗要素とモダリティの結合に関心を寄せていたものの、1957年のオラトリオ『エウエ(雌羊)』の頃からよりラディカルな響きを取り入れるようになり、1964年頃からはルーマニアの伝統的遺産にセリエルの手法を厳密に適用する独自の作曲技法を確立しました。それが、古代ギリシャの数学者エラトステネスが素数を篩い出すために考案した古代のアルゴリズム(素数やその倍数を順序よく選び出す仕組み)を音楽に応用した「篩の原理(ふるいのげんり)」です。この手法は、まるで細かい網目で素材をより分けるかのように、ごくシンプルな音の語彙やルールから複雑で有機的な音響ブロックやテクスチャーを構築するものであり、ヴィエルはこの革新的なアプローチを自らの理論的著作である『モードの書』やその続編において徹底的に体系化しました。  
 創作活動と並行して後進の育成にも情熱を注ぎ、1950年から35年間にわたってブカレスト音楽院で教鞭を執ったほか、アメリカやドイツ、イスラエルなど世界各地で客員として講義を行いました。また、ブカレスト国立劇場の指揮者や雑誌『Muzica』の編集長を務め、1970年には現代音楽のコンサートシリーズ「平行音楽」を創設して多彩な現代の潮流を紹介するなど、音楽文化の発展に多大な貢献を果たしました。交響曲やオペラ、膨大な室内楽曲を含む130作以上の作品を生み出し、晩年に至るまで旺盛な好奇心を持ってポストモダニズムの地平をも切り拓いたヴィエルは、1998年10月8日に手術後の心不全により、ブカレストでその生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:ピアノソナタ第2番 作品140】
 1994年に作曲された本曲は、全3楽章を通じてピアノという楽器の音響的可能性と厳格な構築性が追求された、円熟期の重要作です。調性感と無機的な硬質さが交錯する独自の響きが貫かれており、各楽章で異なるアプローチを用いて鍵盤の限界や構造美に挑んでいます。

【聴きどころ】
1)第1楽章における動機の変容:
 5度の音程進行を土台に、断片的な動機から豊かな音楽素材が形作られていく発展的なプロセス。

2)第2楽章が生み出す機械的なうねり:
 オクターブの旋律が幾重にも波打ち、一種の持続音を生み出す鮮烈なコントラスト。

3)終楽章の意欲的なピアニズム:
 コラールがリズムをずらした和音の進行に重ねられ、最後にはまるでリンゴの皮のように細かく解体されていく独創的なフィナーレ。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ヴィエル、アナトール:ピアノソナタ第2番

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