一日一曲(1971)エルベン、バルタザール
本日は、生誕400年(1626年生)を迎えられたドイツの作曲家、バルタザール・エルベンさんをご紹介します。
【バルタザール・エルベン:ヨーロッパ各地で磨いた音楽技法を豊かな和声と表情あふれる宗教音楽に結実させ、港湾都市ダンツィヒの音楽文化を花開かせた、17世紀ドイツ・バロックの作曲家】
バルタザール・エルベン(Balthasar Erben、ヨハン・バルタザール・エルベンとも)は、1626年、当時ポーランド・リトアニア共和国に属していた港湾都市ダンツィヒ(現在のポーランド、グダニスク)に生まれました。父ダーフィトは石炭や砥石の荷役に関わる権利を持つ市民で、エルベンは商業と国際交流が盛んな環境で育ちました。
幼少期の音楽教育について詳しい記録は残っていませんが、若くして優れた音楽的才能を示し、1650年代初頭には地元の聖マリア教会の楽長職を志望するまでになっていました。しかし、最初の応募では任用されず、その代わりに市の支援を受けてヨーロッパ各地へ音楽修業の旅に出ることになりました。
1653年頃に始まったこの旅行は、エルベンの音楽人生を大きく変えるものとなりました。ドイツ各地からネーデルラント、イングランド、フランス、イタリアへと足を延ばし、1657年にはローマに到達しました。途中、レーゲンスブルクでは著名な鍵盤楽器奏者・作曲家ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーと交流し、パリではフランスの洗練された鍵盤音楽や舞曲にも触れました。
こうした経験を通じて、イタリアの表現力豊かな宗教音楽、ドイツの対位法的伝統、フランスの優雅な器楽様式を吸収し、独自の作曲技法を築いていきました。
1658年2月、故郷ダンツィヒに戻ったエルベンは、念願だった聖マリア教会の楽長に就任しました。その後、1686年に亡くなるまで約28年間にわたりこの職を務め、教会音楽の演奏と作曲、都市の音楽活動を支えました。
作品の中心となったのは、宗教声楽曲やコラールに基づく作品です。ドイツ語による宗教的な歌詞を情感豊かに表現する一方、ラテン語によるモテットや宗教コンチェルトにも優れた才能を発揮しました。その音楽には、イタリア風の大胆な和声、半音階的な表現、声楽と器楽の緻密な絡み合いが見られます。
晩年は副収入を失ったことなどから経済的に苦しい生活を送りました。1686年にダンツィヒで亡くなり、10月3日に埋葬されました。生涯に多くの音楽を手がけたと考えられますが、今日まで伝わる作品は限られています。それでも残された宗教声楽曲や器楽曲からは、17世紀のヨーロッパ各地の音楽文化を結びつけた、優れた作曲家の姿をうかがうことができます。
【代表曲5曲】
1)宗教コンチェルト《私は主にあって喜ぶ》(Ich freue mich im Herrn)
独唱と5声部の弦楽器、通奏低音のために書かれた宗教声楽曲です。旧約聖書のイザヤ書第61章に基づき、神への喜びを歌う作品で、柔らかな弦楽器の響きに支えられながら、声楽旋律が時に華やかな技巧を交えて展開します。繊細な和声の変化と、声と楽器が織りなす親密な対話が魅力で、エルベンの抒情的な才能を感じさせる一曲です。
2)宗教コンチェルト《私を憐れんでください、おお主なる神よ》(Erbarm dich mein, o Herre Gott)
旧約聖書の詩編第51編に基づき、1524年にエアハルト・ヘーゲンヴァルトが作詞したドイツ語のコラールを用いた宗教作品です。5声の声楽と4つのヴィオラ属の弦楽器、通奏低音のために作曲されました。罪の赦しを求める切実な祈りを、半音階的な和声や複雑な声部の絡み合いによって表現しています。厳粛な雰囲気の中に深い人間的感情が込められた、エルベンの宗教音楽を代表する作品の一つです。
3)《マニフィカト》(Magnificat à 12)
聖母マリアの賛歌「マニフィカト」に基づくラテン語の宗教声楽曲です。6声の声楽と6声部の器楽による壮麗な編成で書かれています。6声の声楽と複数の弦楽器、通奏低音による華やかな編成で書かれています。声楽と器楽が互いに呼応しながら音楽を展開し、多声的な響きの中にイタリア・バロックの影響が感じられます。壮麗な合奏と緻密な対位法が結びついた、エルベンの作曲技法を知るうえで重要な作品です。
4)《ウト、レ、ミ、ファ、ソル、ラによるソナタ》(Sonata sopra ut, re, mi, fa, sol, la)
2つのヴァイオリンと通奏低音のために作曲された器楽作品です。曲名に示された6つの音「ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ」を基本素材として、2つのヴァイオリンが巧みに旋律を受け渡しながら展開します。軽快な音の動き、精緻な対位法、変化に富んだ和声が特徴で、イタリア旅行を通じて吸収した器楽様式の影響が鮮明に表れています。
5)《パッサカリア、クーラント、サラバンド》(Passacaglia, Courante, Sarabande)
鍵盤楽器のために書かれた3つの舞曲です。パッサカリアでは繰り返される低音の上に多彩な変奏が展開し、クーラントでは軽快で流動的なリズム、サラバンドではゆったりとした優雅な舞曲の性格が表れます。フランスの鍵盤音楽から受けた影響が感じられ、エルベンが宗教声楽曲だけでなく、世俗的な器楽曲にも優れた技量を持っていたことを伝えています。
※ NMLシステム障害はようやく復旧したようです。本ブログでは11月2日より、以前のようにNMLにある曲をご紹介していきます。
