一日一曲(1969)フロール、クリスティアン
本日は、生誕400年(1626年生)を迎えられたドイツの作曲家、クリスティアン・フロールさんをご紹介します。
【クリスティアン・フロール:豊かなオルガン音楽と宗教声楽でリューネブルクの音楽文化を育み、初期のオラトリオ受難曲にも先駆的な足跡を残した、北ドイツ・バロックの知られざる巨匠】
クリスティアン・フロール(Christian Flor)は、1626年、ドイツ北部のホルシュタイン地方ノイキルヒェンに生まれました。父オットー・フロールは牧師で、宗教的な環境の中で育ちました。幼少期や音楽教育について詳しい記録は残されていませんが、ハンブルクのハインリヒ・シャイデマンやリューベックのフランツ・トゥンダーから教えを受けた可能性が指摘されています。
1652年、26歳頃にレンツブルクの聖マリエン教会のオルガニストに就任し、音楽家としての本格的な活動を始めました。1654年までにはリューネブルクの聖ランベルティ教会に移り、以後40年以上にわたって同地の音楽文化を支えることになります。
当時のリューネブルクは、三十年戦争による混乱から立ち直りつつある時期でした。フロールは教会のオルガニストとして演奏活動を続ける一方、宗教声楽曲や鍵盤楽器のための作品を数多く作曲し、町の音楽水準の向上に貢献しました。また、優れたオルガン鑑定家としても知られ、各地の教会オルガンの調査や評価にも携わりました。
1660年と1662年には、詩人・神学者ヨハン・リストの宗教詩に曲を付けた歌曲集《新音楽的魂の楽園(Neues Musikalisches Seelenparadis)》が、旧約聖書編と新約聖書編としてそれぞれ出版されました。これらの作品は、信仰の喜びや慰めを親しみやすい旋律で表現したもので、フロールの宗教音楽家としての重要な業績となっています。
さらに1667年には《マタイ受難曲》を作曲しました。この作品は、音楽史上でも初期のオラトリオ形式による受難曲の一つとされ、後のドイツ受難曲の発展を考えるうえで注目されています。残念ながら楽譜は失われていますが、フロールが宗教音楽の新しい表現を模索していたことを伝える重要な作品です。
1676年にはリューネブルクの主要教会である聖ヨハニス教会のオルガニストにも就任し、聖ランベルティ教会と兼任しました。この聖ヨハニス教会では、フロールの後任としてゲオルク・ベームが活躍し、のちに若きヨハン・セバスティアン・バッハもリューネブルクで学ぶことになります。フロールが育んだ音楽文化は、次の世代へと受け継がれていきました。
フロールは1697年9月28日に亡くなりました。息子のヨハン・ゲオルクとゴットフリート・フィリップもオルガニストとなり、父の音楽的な伝統を引き継ぎました。
今日では、声楽作品のほか、オルガンのための前奏曲やコラール編曲、チェンバロのための組曲などが残されています。華やかな技巧と深い宗教的感情、そして北ドイツの厳格な対位法とフランス風の優雅な舞曲様式を併せ持つその音楽は、17世紀ドイツ音楽の豊かさを今に伝えています。
【代表曲5曲】
1)《門よ、頭を上げよ》(Machet die Tore weit)
旧約聖書の詩篇第24篇をもとに作曲された、待降節(アドヴェント)のための宗教カンタータです。声楽と弦楽器、通奏低音によって演奏され、救い主を迎える喜びと荘厳さが表現されています。
全体は5つの部分から構成され、器楽による導入に続いて、声部が互いに呼び交わすように展開します。特に「栄光の王とは誰か」という問いと、その答えを表現する音楽の対比が印象的です。最後は精巧な二重フーガによって締めくくられ、フロールの優れた対位法の技術を味わうことができます。
2)《羊飼いたちよ、ベツレヘムへ急げ》(Pastores currite in Bethlehem)
イエス・キリストの降誕を祝うラテン語のクリスマス・カンタータです。羊飼いたちにベツレヘムへ向かうよう呼びかける内容を持ち、声楽と弦楽器、通奏低音のために書かれています。
クリスマスの喜びを伝える生き生きとした音楽で、声楽と器楽が組み合わさる北ドイツ・バロックの華やかな宗教音楽の魅力を感じることができます。フロールの声楽作曲家としての一面を知るうえで重要な作品です。
3)《主よ、もう十分です》(Es ist gnug, Herr)
1664年にさかのぼる宗教的コンチェルトで、ソプラノ独唱と弦楽器、通奏低音のために作曲されました。旧約聖書に登場する預言者エリヤの言葉に由来するテキストを用い、人間の苦悩と神への祈りを表現しています。
独唱の表情豊かな旋律と弦楽器の繊細な響きが特徴で、華やかな祝祭音楽とは異なる、内省的で深い精神性が感じられる作品です。歌詞の意味と音楽を結びつけるフロールの表現力が発揮されています。
4)コラール前奏曲《神はわがやぐら》(Ein feste Burg ist unser Gott)
1652年に作曲されたオルガン作品で、マルティン・ルターによる有名な宗教改革の讃美歌をもとにしています。
力強いコラールの旋律を基礎に、各声部が組み合わされる北ドイツ・オルガン楽派の伝統を伝える作品です。二段鍵盤を用いることが指定されており、旋律と伴奏の響きの対比も聴きどころとなっています。後のブクステフーデやバッハへと続くドイツ・オルガン音楽の発展を考えるうえでも興味深い一曲です。
5)チェンバロ組曲 第4番 ハ長調(Harpsichord Suite No. 4 in C Major)
フロールが残した鍵盤楽器のための組曲の一つで、フランス・バロック音楽の影響を感じさせる作品です。前奏曲に続き、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグという舞曲が配置されています。
自由で即興的な前奏曲から始まり、落ち着いた舞曲、流れるような舞曲、優雅でゆったりとした舞曲、そして軽快な終曲へと進みます。各舞曲のリズムや性格の違いを楽しめる作品で、宗教音楽家としてだけではない、フロールの洗練された世俗的な音楽感覚を知ることができます。
※ NMLシステム障害はようやく復旧したようです。本ブログでは11月2日より、以前のようにNMLにある曲をご紹介していきます。
