一日一曲(1962)ターティス、ライオネル:昨日の夕暮れ
本日は、生誕150年(1876年12月29日生)を迎えられたイギリスのヴィオラ奏者兼作曲家、ライオネル・ターティスさんの曲をご紹介します。
【ライオネル・ターティス:オーケストラの内声に埋もれていたヴィオラを独奏楽器の表舞台へ押し上げ、演奏・編曲・作曲・楽器改良を通してその可能性を切り拓いた「現代ヴィオラの父」】
生涯
ライオネル・ターティス(Lionel Tertis)は、1876年12月29日、イングランド北東部のウェスト・ハートルプールに生まれました。父アレクサンダーはロシア系ユダヤ人のシナゴーグのカントル、母フィービーもポーランドのカントルの娘という音楽的な家庭に育ち、3歳からピアノを弾き、6歳で早くも人前で演奏しています。13歳で家を出てピアニストとして働きながらヴァイオリンを学び、1892年からトリニティ音楽大学、さらにライプツィヒを経て、1895年に王立音楽院へ進みました。
転機は19歳の時でした。同級生パーシー・ヒルダー・マイルズに弦楽四重奏でヴィオラを弾くよう頼まれ、それまでほとんど触れたことのなかった楽器の音色にたちまち魅了されます。当時はヴィオラ専門の教師さえほとんどおらず、ターティスは独学で奏法を開拓しました。1890年代末にはクイーンズ・ホール管弦楽団の首席奏者となり、1900年には王立音楽院のヴィオラ教授に就任。ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーの豊かなヴィブラートと歌うような奏法にも大きな刺激を受け、自らのヴィオラ奏法を築いていきました。
やがて英国を代表するヴィオラ奏者となり、アーノルド・バックス、ヨーク・ボーウェン、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ、グスターヴ・ホルストらに働きかけて新しいヴィオラ作品を生み出す一方、エルガーの《チェロ協奏曲》やディーリアスの作品などをヴィオラ用に編曲し、乏しかった独奏レパートリーを大きく拡充しました。1920年代にはヨーロッパやアメリカを巡演し、録音にも積極的に取り組み、ヴィオラがヴァイオリンやチェロと肩を並べる独奏楽器になり得ることを実演してみせました。
1937年にいったん演奏活動から引退した後も、より豊かな低音を備えながら演奏しやすい「ターティス・モデル」のヴィオラの開発と普及に情熱を注ぎ、のちには演奏活動にも復帰しました。晩年までヴィオラの発展に力を尽くし、1975年2月22日、ロンドンのウィンブルドンで98年の生涯を閉じました。彼が切り拓いた道は、今日のヴィオラ奏法とレパートリーの礎となっています。
【本日のご紹介曲:昨日の夕暮れ(Hier au soir)】
本曲は1925年にショットから出版されたヴィオラとピアノのための作品で、ヴァイオリンとピアノでも演奏できる版があります。本曲の楽譜には「Pensée musicale(音楽的な想念)」という副題が付けられています。大規模な形式を追求した作品ではなく、一つの記憶や感情がふっと心に浮かんでは消えてゆくような、短い「歌」の世界です。
ターティスの作品は、彼が若き日に身につけた後期ヴィクトリア朝からエドワード朝の抒情的な音楽趣味を色濃く伝えています。《昨日の夕暮れ》もその典型で、短い歌のような親密さを備えた作品です。華麗な技巧を前面に出すのではなく、ヴィオラの柔らかな中低音から高音域へ続く声のような旋律と、繊細な強弱の変化によって、過ぎ去った夕べを振り返るような淡い郷愁を描いています。
【聴きどころ】
1)ヴィオラが「歌う」旋律
ターティスが生涯追求したのは、ヴィオラを単なる内声楽器ではなく、人間の声のように歌う独奏楽器にすることでした。この小品では、その理念が最も凝縮された形で現れます。旋律を一つの言葉のない歌曲として聴いてみると、作品の魅力がいっそう際立ちます。
2)強奏ではなく、弱音に宿る表情
ターティスは大きく豊かな音で知られた奏者ですが、この自作自演ではむしろ繊細なダイナミクスが印象的です。音を細くしながらも芯を失わず、旋律の輪郭を保ったまま遠ざかってゆくような表現に耳を傾けてみてください。MusicWebの評でも、この録音の「繊細さ」と巧みな弱音表現が特に注目されています。
3)3分間に閉じ込められた「過ぎ去った時間」
《Hier au soir》という題名が示すのは、まさに「昨日の夕べ」。音楽は大きなドラマへ発展するのではなく、一つの記憶をそっと取り出し、眺め、再びしまうように進みます。その簡潔さこそがこの曲の味わいで、わずか数分の中にターティスの歌心と、彼が愛した時代のサロン的な情緒が凝縮されています。
本日はターティス自身が1925年12月9日に録音した自作自演をご紹介します。当時普及し始めたばかりの電気録音による初期の録音の一つです。彼の巨大な音量や情熱的な演奏だけでなく、ごく弱い音まで細やかに絞り込む繊細な表現を聴くことのできる貴重な記録でもあります。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ターティス、ライオネル:昨日の夕暮れ
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