一日一曲(1959)ピアティゴルスキー、グレゴール:パンの笛

 本日は、没後50年(1976年8月6日没)を迎えられたロシア帝国(現ウクライナ)出身のチェリスト作曲家、グレゴール・ピアティゴルスキーさんの曲をご紹介します。

【グレゴール・ピアティゴルスキー:20世紀を代表する巨匠チェリストとして世界を駆け巡り、演奏・教育・編曲・作曲を通してチェロの表現世界そのものを押し広げた「チェロの可能性を知り尽くした音楽家」】
 グレゴール・ピアティゴルスキー(Gregor Piatigorsky)は、1903年4月17日、当時ロシア帝国領だったエカテリノスラフ、現在のウクライナ・ドニプロに生まれました。7歳でチェロを始め、家計を助けるため幼くして劇場や飲食店で演奏しながら、9歳頃にはモスクワ音楽院に学びました。10代半ばにはボリショイ劇場管弦楽団の首席チェロ奏者となりますが、国外でさらに学ぶことを望み、18歳でソヴィエト・ロシアを脱出。ライプツィヒなどでユリウス・クレンゲルらに学び、21歳でフルトヴェングラー率いるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者に就任しました。やがて独奏者に転じ、ヨーロッパ、アジア、南北アメリカを巡って20世紀を代表するチェリストの一人となりました。
 1929年にはアメリカで本格的な活動を開始し、第二次世界大戦期にアメリカへ定住。カーティス音楽院などで教えたのち、1949年からロサンゼルスを生活の拠点とし、1962年からは南カリフォルニア大学で親友ヤッシャ・ハイフェッツらと後進の指導にあたりました。ウォルトンのチェロ協奏曲を委嘱して1957年に初演するなど、新しいチェロ作品の誕生にも大きく貢献しています。
 その一方で、自らもチェロを熟知した演奏家ならではの視点から、多数の編曲、カデンツァ、そしてオリジナル作品を残しました。《パガニーニの主題による変奏曲》《スケルツォ》をはじめ、《プレリューディオ》《祈り》《パンの笛》《散歩》などの小品があり、現存する自筆資料にも数多くの作曲・編曲の草稿が残されています。彼の作品は大規模な「作曲家の音楽」というより、チェロがどのように歌い、語り、笑い、色彩を変えることができるかを知り抜いた名手ならではの音楽といえるでしょう。
 1976年8月6日、肺がんのためロサンゼルスの自宅で73歳の生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:パンの笛(Syrinx)】
 本曲は、原題を《Syrinx》とする無伴奏チェロのための短い小品です。ピアティゴルスキーが残した《プレリュード》《祈り》《パンの笛》《散歩》という一連の短いチェロ作品の一つで、わずかな時間の中にチェロの歌う力と色彩感を凝縮しています。
 題名の「シリンクス」は、ギリシャ神話に登場するニンフの名です。牧神パンに追われたシリンクスは、仲間のニンフたちによって葦へと姿を変えられます。彼女を失ったパンはその葦から笛を作り、その笛が「シリンクス」、すなわちパンの笛と呼ばれるようになったと伝えられています。
 興味深いのは、ピアティゴルスキーが「笛」をそのまま模倣しようとするのではなく、一本のチェロだけでこの神話の世界を描いていることです。伴奏のない空間に一筋の旋律が現れ、自由に呼吸しながら上下し、時には語りかけ、時には遠くから聞こえる笛のような気配を漂わせます。華麗なヴィルトゥオーゾ作品ではなく、むしろ音と音の間にある静けさまで聴かせる音楽です。同名のドビュッシーのフルート独奏曲とは別作品ですが、ピアティゴルスキーはドビュッシー作品をたびたび演奏・編曲しており、この作品にもどこかフランス印象主義を思わせる繊細な気配が感じられます。

【聴きどころ】
1)チェロが「笛」へ変わる瞬間
 まず耳を傾けたいのは、チェロ特有の豊かな低音よりも、一本の旋律が細く伸びていく感触です。弓で奏でているはずの音が、ふっと息を吹き込まれた管楽器のように聞こえる瞬間があります。「チェロでパンの笛を描く」という発想そのものが、この曲最大の面白さです。

2)シリンクスをめぐる神話を思わせる、孤独な語り
 伴奏がないため、一つ一つの音がむき出しになります。その孤独な響きを、逃げるシリンクス、彼女を追うパン、葦へと姿を変えたあとの静寂、といった神話の情景に重ねて聴くと、わずかな長さの作品が小さな音楽劇のように感じられます。

3)名チェリストだからこそ書けた「少ない音の雄弁さ」
 技巧を前面に押し出すのではなく、音域、音色、フレーズの息遣いといったチェロそのものの特性によって音楽を成立させている点に注目です。何十年もチェロとともに生きたピアティゴルスキーだからこそ、「どの音を鳴らすか」と同じくらい「どのように鳴らすか」が作品の核心になっています。ピアティゴルスキーの作品が「直接的な性格と輝きを持つ」と評されているのも、この小品を聴くとよく理解できます。

 なお、NMLでは本演奏にピアノ奏者2名も演奏者として表示されていますが、本曲は無伴奏チェロ作品であり、お聴きになってもわかる通り、この録音でもピアノは演奏されていません。演奏者情報については、アルバム全体の参加者情報が反映されているものと思われます。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ピアティゴルスキー、グレゴール:パンの笛

ピアティゴルスキー、グレゴール:パンの笛(Amazon Music)

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

新時代の名曲名盤500+100 (ONTOMO MOOK) [ レコード芸術 ]
価格:2,640円(税込、送料無料) (2026/9/27時点)

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です