一日一曲(1961)ディアンス、ローラン:タンゴ・アン・スカイ

 本日は、没後10年(2016年10月29日没)を迎えられたチュニジア生まれのフランスのギタリスト兼作曲家、ローラン・ディアンスさんの曲をご紹介します。

【ローラン・ディアンス:クラシックの技巧にジャズの即興精神、ブラジル音楽の色彩、洒落っ気までを溶かし込み、ギターを「楽譜どおりに弾く楽器」から自由に語り出す楽器へと解き放った、現代ギター界の「音の自由人」】
 ローラン・ディアンス(Roland Dyens)は、1955年10月19日、チュニジアの首都チュニスに生まれました。幼少期に家族とフランスへ移り、9歳でギターを始めました。最初にロベール・メゾンから学び、13歳になるとスペイン出身の名教師アルベルト・ポンセに師事。パリのエコール・ノルマル音楽院で研鑽を積み、1976年に演奏家資格「Licence de Concert」を取得しました。また作曲・指揮者デジレ・ドンデーヌから和声、対位法、楽曲分析を学び、これらの分野でも第1等を得ています。
 演奏家としてのディアンスを特徴づけたのは、クラシック・ギタリストとしては珍しいほど旺盛な即興精神でした。しばしばリサイタルの冒頭を即興演奏で始め、ホールの響きや聴衆の空気を感じ取ってからプログラムへ入っていきました。BIS盤の解説は、彼にとって即興とはいわば「その場で生きて呼吸する作曲」だったことを伝えています。一方、書かれた作品では演奏上の指示を非常に細かく記し、自由な即興家と緻密な作曲家という二つの顔を併せ持っていました。
 作品にはクラシックだけでなく、ジャズ、ブラジル音楽をはじめとする多彩な音楽の影響が交差し、とりわけヴィラ=ロボスは重要な存在でした。演奏・作曲・編曲・教育の四つの領域で国際的に活動し、2000年から亡くなるまでパリ国立高等音楽院でギターを教えました。2006年にはその作品全体に対して「キタッラ・ドーロ」を受賞しています。
 2016年10月29日、パリで61歳の生涯を閉じました。没後も《リブラ・ソナチネ》《サウダージ第3番》などの作品や数多くの編曲は世界のギタリストに演奏され続け、とりわけ《タンゴ・アン・スカイ》は現代ギター音楽を代表する人気曲の一つとなっています。

【本日のご紹介曲:タンゴ・アン・スカイ(Tango en Skaï)】
 本曲は、ローラン・ディアンスの名前を世界中のギター愛好家に知らしめた、演奏時間約3分のギター独奏曲です。作曲年は「1978/1985」。これは間違いではありません。曲の原型は1978年、パリで開かれたパーティーの席でディアンスが即興した音楽として誕生し、その後コンサートでも弾き続けたのち、1985年に作品としてまとめられ、アンリ・ルモワーヌ社から出版されたためです。
 題名の「skaï(スカイ)」は英語の “sky=空” ではありません。フランス語で革をまねた合成素材、いわゆる「人工皮革」を意味します。ディアンス自身の説明によれば、本物のアルゼンチン・タンゴを格調高く再現するのではなく、その特徴をわざと誇張した、いわば「人工皮革製のタンゴ」「タンゴのパロディー」という洒落なのです。本人はこの曲を「冗談」として受け止めるべき作品だと説明し、タンゴ特有の気取り、男性的な身振り、アクセントや情熱を少々大げさに描いています。
 しかし、音楽が軽妙だからといって演奏まで簡単なわけではありません。素早い音階やアルペジオ、スラー、鋭いアクセント、急激な強弱の変化、さらには「3対2」のリズムなど、高度なギター技巧が次々に現れます。それらを重々しい「超絶技巧」として聴かせるのではなく、あくまで涼しい顔で駆け抜けるところに、この作品のおかしさと格好よさがあります。ディアンスのクラシックの指、ジャズの頭、そして即興家の遊び心が、わずか3分足らずに凝縮された小さな傑作です。

【聴きどころ】
1)「本物そっくりなのに、どこか大げさ」なタンゴのリズム
 冒頭から現れる鋭いアクセントと跳ねるようなリズムに注目です。本格的なタンゴの身振りを借りながら、それをほんの少し誇張しているところがポイント。情熱的なのに、どこかニヤリと笑っている。題名の「人工皮革」というユーモアが、そのまま音になっています。ディアンス自身も、必要以上に深刻に演奏せず、遊び心を失わないことを重視していました。

2)鮮やかな音階とアルペジオ、その陰に潜む「3対2」
 一聴すると勢いだけで駆け抜けているようですが、実際にはかなり精密なリズム設計です。快速の音階、アルペジオ、スラーに加え、異なる拍の流れが重なる「3対2」の処理も登場します。テンポをむやみに伸び縮みさせず、ビートを保ったまま鮮やかな技巧を繰り出せるかが聴きどころです。

3)クラシック・ギターから突然飛び出す「即興」の匂い
 もともとパーティーでの即興から生まれた曲だけあって、完成された楽譜作品になってからも、その場で音楽が湧き出しているような勢いが残っています。きっちり書かれたクラシック作品なのに、ジャズ奏者がふっとフレーズを投げ込むような自由さがある。この「精密な楽譜」と「即興しているような解放感」の同居こそ、ディアンスならではの魅力です。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ディアンス、ローラン:タンゴ・アン・スカイ

ディアンス、ローラン:タンゴ・アン・スカイ(CD)

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