一日一曲(1945)ボノンチーニ、アントニオ・マリア:チェロソナタ第4番イ短調

 本日は、没後300年(1726年7月8日没)を迎えられたイタリアの作曲家、アントニオ・マリア・ボノンチーニさんの曲をご紹介します。

【アントニオ・マリア・ボノンチーニ:名高い音楽一家に生まれ、若くしてチェロの技巧と表現の可能性を押し広げ、ウィーン宮廷から故郷モデナまで活躍した、ボノンチーニ家の「知られざるチェロ革新者」】
 アントニオ・マリア・ボノンチーニ(Antonio Maria Bononcini)は、1677年6月18日、イタリア北部のモデナに生まれました。父ジョヴァンニ・マリア・ボノンチーニは作曲家・ヴァイオリニスト・音楽理論家、7歳上の兄ジョヴァンニも後にヨーロッパ各地で名声を得た作曲家・チェリストです。アントニオは生後間もなく母アンナ・マリア・プレツィイを失い、さらに翌1678年には父も亡くなったため、兄ジョヴァンニらとともに継母バルバラ・アニェーゼ・トザッティに育てられました。
 幼くして音楽の道に進み、1686年頃までには兄と同じくボローニャでジョヴァンニ・パオロ・コロンナのもとに学んでいたと考えられています。主な楽器はチェロだったとみられています。やがて兄を追ってローマへ移り、若くして優れたチェロ奏者として知られるようになります。1693年2月19日付の《Laudate pueri》ではすでに技巧的な独奏チェロが活躍しており、同じ頃に書かれたと考えられる12曲のチェロ・ソナタも、チェロ独奏音楽のごく初期を知るうえで重要な作品群です。1696年までにはローマのサンタ・チェチーリア音楽家会にも加わっていました。
 その後も兄ジョヴァンニと行動をともにし、ウィーンへ進出します。1702年にはベルリンのプロイセン王妃ゾフィー・シャルロッテの宮廷で兄弟が演奏しており、テレマンもその演奏を聴いたことを後に記しています。1703年頃には再びウィーンに戻り、ハプスブルク宮廷を舞台に活動しました。そこではオペラだけでなく、《恩寵の勝利》(1707)、《洗礼者聖ヨハネの斬首》(1709)、《インテルチーゾ》(1711)などのオラトリオや多数のカンタータを作曲し、器楽奏者から劇音楽・声楽作品の作曲家へと活動の幅を大きく広げていきました。
 皇帝ヨーゼフ1世が1711年に亡くなると宮廷での立場を失い、1713年には故郷モデナの宮廷楽長の職を求めましたが、この時には実現しませんでした。1714年にはローマに滞在し、1716年からはモデナを活動の拠点とします。そして1721年、ついにモデナ公リナルド・デステの宮廷楽長(maestro di cappella)に任命されました。同年12月1日に正式に就任し、その職を生涯務めています。1726年7月8日、故郷モデナで49歳の生涯を閉じました。

 父、兄、そしてアントニオ。三人とも作曲家であるだけでなく、弦楽器との深い結びつきを持っていました。今回から三日間、その「ボノンチーニ一族」の音楽をたどってみたいと思います。

【本日のご紹介曲:チェロソナタ第4番イ短調】
 今回ご紹介する《チェロ・ソナタ第4番 イ短調》は、アントニオ・マリアがまだ15~16歳ほどだった1693年頃に書かれたと考えられている、12曲のチェロ・ソナタ集の一曲です。この12曲は18世紀半ばのフランスの写本に伝えられ、音楽学者Lowell Lindgrenの研究によって1693年頃の作品と推定されました。1996年には、Lindgrenの校訂によって、この12曲に後年の3曲を加えた《チェロと通奏低音のためのソナタ全集》が出版されています。ただし、後年の3曲のうち最後の1曲は「Bononcini」とのみ記されており、兄ジョヴァンニの作品である可能性も指摘されています。

 チェロソナタ第4番イ短調は全4楽章からなり、
  第1楽章 Largo
  第2楽章 Allegro
  第3楽章 Adagio
  第4楽章 Allegro
という、緩・急・緩・急の構成です。ゆったりした楽章と技巧的な急速楽章を交互に配置しながら、若きボノンチーニがチェロという楽器からどこまで多彩な響きを引き出せるかに挑んだような作品です。
 特に目を引くのが、その驚くほど大胆なチェロ書法です。トレモロ、重音奏法、同音反復、和音、素早い装飾音、さらに難しいエコー効果まで盛り込まれています。単に速い音を並べて技巧を誇示するのではなく、それらを旋律だけでなく和声や響きを作る手段として使っている点が特徴です。
 さらに興味深いのは、この12曲が今日一般的な「両脚の間に構えるチェロ」ではなく、肩や胸のあたりで支えて演奏する小型のヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを念頭に書かれた可能性が指摘されていることです。チェリストで研究者のブレント・ウィシックは、高音域を中心としたヴァイオリン的な運動や楽器の音域などから、この可能性を論じています。ただし、これは確定した事実ではなく、演奏法をめぐる研究上の有力な仮説です。
 つまりこの作品は、若い作曲家の腕自慢というだけではありません。17世紀末、チェロが低音を支える楽器から独奏楽器へと翼を広げようとしていた、その瞬間を閉じ込めた音楽として聴くことができます。

【聴きどころ】
1)「低音楽器」のイメージを吹き飛ばす、若きボノンチーニのチェロ
 まず注目したいのは、チェロが伴奏の低音ではなく、完全に主役として振る舞っていることです。アントニオの初期作品では高い音域が積極的に使われ、ヴァイオリンを思わせる敏捷な動きも現れます。1693年頃といえば、独奏チェロのためのレパートリーそのものがまだ形成途上の時代です。その中で15歳ほどの青年が、楽器を縦横に駆け回らせています。後世のヴィヴァルディやボッケリーニへ続いていくチェロ独奏音楽の夜明けを思わせるところです。

2)第2・第4楽章で炸裂する、トレモロ、重音、和音、装飾音
 急速な第2、第4楽章では、アントニオの技巧的な書法がぐっと前に出てきます。トレモロや重音、同じ音を素早く繰り返す音型、和音、急速な装飾などが次々と姿を現します。とりわけ面白いのは、それらが単なる「速弾き」ではなく、チェロ一台で旋律と和声の両方を立ち上げようとしていること。低音楽器が一瞬、複数の楽器を抱え込んだような厚みを持つ瞬間に耳を澄ませてみてください。

3)Largo-Allegro-Adagio-Allegro、その緩急のコントラスト
 全曲は「遅い-速い-遅い-速い」という4楽章構成です。技巧的なAllegroばかりに耳を奪われがちですが、その間に置かれたLargoとAdagioがあることで、チェロの響きそのものをじっくり味わう時間が生まれています。特に第3楽章Adagioは、このNML録音では4楽章中もっとも長く、疾走する両端の楽章とは違う時間が流れます。そして最後のAllegroで再び細かな音型が動き出す。この静と動の切り替えを意識すると、約14分半の作品が小さな音楽劇のように立体的に聞こえてきます。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ボノンチーニ、アントニオ・マリア:チェロソナタ第4番イ短調

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