一日一曲(1830)クラーク、ジョン:ヴァイオリンソナタ

 本日は、生誕350年(1676年2月生)を迎えらえたスコットランドの作曲家、ジョン・クラークさんの曲をご紹介します。

【ジョン・クラーク:コレッリ直伝の確かな手腕でスコットランド伝統の息吹をバロック音楽に融合させた、才気あふれる稀代の文化人】
 ジョン・クラーク(ペニクックのジョン・クラーク)は1676年2月、スコットランドのエディンバラで誕生し、同月26日に洗礼を受けました。地元の学校を経てグラスゴー大学、そしてオランダのライデン大学で学び、そこで生涯の友となる高名な医師ハルマン・ブールハーフェと出会います。本来は法律を修めるための留学でしたが、芸術への情熱は抑えがたく、1690年代後半のヨーロッパ旅行(グランドツアー)の最中、父親からの「法律を学ぶために送ったのであって、建築や音楽、珍品を見るためではない」という厳しい反対を押し切ってイタリアのローマへと向かいました。このローマ滞在こそが彼の作曲家としての黄金期となり、偉大な巨匠アルカンジェロ・コレッリから週に数回という異例の頻度で直々にレッスンを受ける特権を得たのです。彼の残した珠玉のバロック作品の数々は、すべてこの瑞々しい感性に溢れたヨーロッパ旅行中か、その直後に作曲されました。
帰国後の彼は一転して、1707年のスコットランドとイングランドによる「連合王国」成立における合同条約の署名者となるなど、高名な政治家、弁護士、そして財政裁判所の判事(裁判官)として華々しいキャリアを築き上げます。さらにアマチュア建築家、詩人、造園家、そしてフリーメイソンの一員としても活動し、スコットランド文化史に計り知れない足跡を残しました。しかし、厳格な法曹界の重鎮として生きる道を選んだクラークは、「裁判官という身分に作曲活動はふさわしくない」として、後年その輝かしい筆を完全に折ってしまいます。彼が優れた旋律美と、精緻な構造を持つ名曲の数々を若くして手放したことは、音楽史上大きな惜しみごととなっています。なお、彼は後の大科学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルの高祖父でもあります。多才な人生を駆け抜けた彼は、1755年10月4日、自らの邸宅であるペニクック・ハウスにて79年の生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:ヴァイオリンソナタ(Sonata a violino solo)】
 1705年頃に作曲されたと推測される、クラークの極めてユニークな感性が光る名作です。この作品は、彼がローマで培ってきた洗練されたイタリア・バロックの語法と、自国のアイデンティティであるスコットランド伝統音楽の要素が鮮やかに融合している点が最大の特徴です。また、当時としては驚くほど時代を先取りした美学が貫かれており、プラトン的な「イデア(理想の形態)」の概念を応用し、全曲を通してテーマが有機的な相互参照によって結ばれ、素晴らしい統一感と対比を生み出しています。

【聴きどころ】
1)イタリアとスコットランドの鮮やかな対比
 華やかな音階が駆け巡る冒頭のプレリュード(前奏曲)は完全にイタリア風ですが、それに続く短い変奏にはスコットランド風の趣が添えられています。そして緩やかなエアー(歌曲風の楽章)の後に訪れる終楽章のジグでは、スコットランド伝統の快活なリズムが炸裂し、楽曲を最高潮へと導きます。
2)時代を先取りしたドラマチックな統一構造
 各楽章の主題がお互いから導き出されるというテーマのクロスリファレンス(相互参照)が用いられており、バロック期でありながら後世のソナタのように密度の高い構造美を体験できます。
3)楽譜に隠された「数字の暗号」
 フリーメイソンでもあったクラークらしく、このソナタは全「86小節」で構成されています。これはヘブライ語の数秘術(ゲマトリア)において神の名である「エロヒム(Elohim)」を表す数字であり、当時の厳格な長老派教会からの批判から身を守るための、彼らしい知的な防衛策であったと考えられています。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
クラーク、ジョン:ヴァイオリンソナタ

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