一日一曲(1831)セルケイラ・デ・リマ、フアン :Todo es amor

 本日は、没後300年(1726年没)を迎えらえたスペインの作曲家兼ハープ奏者、フアン・セルケイラ・デ・リマさんの曲をご紹介します。

【フアン・セルケイラ・デ・リマ:17世紀後半から18世紀初頭の首都マドリードの演劇界を、ハープと情熱的な音楽で席巻した知られざる天才】
 フアン・セルケイラ・デ・リマは、スペイン・バロック音楽の黄金期を演劇音楽の分野から支えた、大変才能豊かな作曲家であり演奏家です。彼は1655年頃にポルトガルで生まれたとされていますが、その初期の音楽修行や青年期までの足跡、そして教会記録などの欠落により正確な生誕月日については、残念ながら詳しい記録が残されていません。
 彼の名前が歴史の表舞台に登場するのは1676年のことです。グラナダ近郊の劇団に所属する音楽家として活動していたリマは、聖体祭(コルプス・クリスティ)で上演される宗教劇「オート・サクラメンタル」の音楽制作のため、首都マドリードへと呼び出されました。この劇的なマドリードへの進出を機に、彼はこの地に定住することとなります。リマは卓越したハープ奏者、あるいはギタリストとして頭角を現し、劇団の音楽監督や劇伴音楽の作曲家として瞬く間に売れっ子になりました。当時の大劇作家カルデロン・デ・ラ・バルカの戯曲『愛さえも愛からは逃れられない』や、現存するスペイン最古のオペラとして名高い『薔薇の血』の再演時にも、音楽面で重要な役割を果たしたことが分かっています。
 当時のマドリードの演劇シーンにおいて、リマの実力は誰もが認めるトップクラスのものでした。しかし、彼は宮廷お抱えの音楽家としての終身年金(恩給)を得ることはできず、市井の公開劇場(コラール・デ・コメディアス)の管理者たちから支払われる報酬を頼りに、生涯泥臭く現場で音楽を作り続けました。激動の演劇界で無数の劇音楽や世俗歌曲(トノ・ウマノ)を生み出した彼は、1726年にマドリードでその生涯を閉じました。正確な没月日までは分かっていませんが、彼が市井の劇場から受け取っていたささやかな年金の支給記録がこの年を最後に途絶えていることから、1726年に亡くなったことが特定されています。宮廷の華やかな記録の影に隠れがちですが、当時の演劇シーンに最も大きな足跡を残した、真の「現場叩き上げ」の巨匠です。

【本日のご紹介曲:『Todo es amor(すべては愛)』】
 本日ご紹介する曲は、セルケイラ・デ・リマの音楽の魅力が凝縮された世俗歌曲(トノ・ウマノ)です。正確な作曲年は特定されていませんが、彼がマドリードの劇場で最も精力的に活躍していた17世紀末から18世紀初頭にかけて書かれたものと考えられます。この曲は、当時のバロック演劇の精神である「詩的で、時に不条理なまでのドラマチックな愛の世界」を鮮やかに描き出しています。歌詞では「小川、星、あるいは花」という自然界の美しい存在が繰り返し登場し、それらが愛の情熱によって「クリスタルの涙になり、炎になり、香りになって消えゆく」という、非常に絵画的で情熱的なメッセージが歌われます。難解な理屈抜きに、バロック音楽の豊かな色彩感とドラマを体感できる傑作です。

【聴きどころ】
1) 自然の情景が浮かび上がる「音の絵画(トーン・ペインティング)」
 歌詞に登場する「せせらぎ、またたく星、あるいは匂い立つ花」といった自然の描写に合わせ、音楽がまるで絵を描くように表情を変えていきます。歌い手の表現力はもちろん、背景の楽器たちがそれらの情景をどのように音で描写しているかに耳を傾けてみてください。
2)スペイン伝統のノリが心地よい「リズムの躍動感」
 16世紀からスペインで愛されてきた、独自の軽快なリズム構造がベースになっています。聴いているだけで自然と体が動き出したくなるような、明快でキャッチーなメロディの裏で、スペイン特有の細やかなリズムの遊びが楽曲を瑞々しく推進していきます。
3)歌と楽器が火花を散らす「スリリングな掛け合い」
 当時の演奏習慣に基づき、ハープやギターなどの通奏低音に加え、ヴァイオリンやオーボエが歌のフレーズの合間を縫うようにして、即興的な装飾を次々と滑り込ませていきます。歌と伴奏が互いを引き立て合いながら、音楽に心地よい緊張感とスピード感をもたらすアンサンブルが見事です。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
セルケイラ・デ・リマ、フアン :Todo es amor

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