一日一曲(1870)ハーシェル、ウィリアム:交響曲第8番ハ短調
本日は、昨日ご紹介した作曲家の4代前の先祖(高祖父の父 / 1世祖の4代上)にあたるイギリスの作曲家、ウィリアム・ハーシェルさんの曲をご紹介します。
【ウィリアム・ハーシェル:音楽と宇宙という二つの深遠な世界を結びつけ、歴史に不滅の足跡を刻んだ希代の鬼才】
ウィリアム・ハーシェルは、1738年11月15日にハノーファー(現在のドイツ北西部)の音楽家の家に生まれました。幼少期から父より音楽教育を受け、1753年にハノーファー近衛連隊の楽隊にオーボエ奏者・ヴァイオリン奏者として入隊します。1756年に七年戦争の勃発に伴いイギリスへ渡ると、すっかり現地の文化に魅了されました。一度ドイツへ戻ったものの、軍を離れて再び渡英し、楽譜のコピー弾きから始めて地方都市の音楽監督を歴任します。1766年にはハ利ファックスの教会のオルガニストに任命され、そのわずか3ヶ月後には高名な温泉保養地バースのオクタゴン・チャペルのオルガニストに抜擢されました。バースでは瞬く間に中心的な音楽家として頭角を現し、コンサートの企画や自身の作品の演奏、妹キャロラインを呼び寄せての公演など、精力的な音楽活動を展開しました。
彼は若い頃から音楽と数学、そして天文学の密接な関係に強い関心を寄せていました。バースでの音楽活動が多忙を極める傍らで、趣味として望遠鏡の製作や天体観測にすべての余暇を注ぎ込むようになります。そして1781年3月13日、自家製の望遠鏡による2回目の全天サーベイの途上、太陽系第7惑星である「天王星」を発見するという偉業を成し遂げました。この大発見により天文学者として世界的な名声を獲得したハーシェルは、翌1782年に国王ジョージ3世から年200ポンドの年金を与えられ、音楽家としてのキャリアに終止符を打って天文学に専念することになります。王命によりウィンザー城近郊のダチェット、のちにスラウへと移住し、天体観測に没頭しました。その後、1817年にはナイトに叙され、1821年には王立天文学会の初代会長に選出されるなど、科学界において最高の栄誉を極め、1822年8月25日にスラウの地で83年の生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:交響曲第8番ハ短調】
ハーシェルがイギリス各地で音楽監督として多忙に活躍していた時期の1761年4月20日に、イングランド北東部のダラム州サンダーランドにて完成された作品です。彼の残した24曲の交響曲はすべて急ー緩ー急の3楽章構成をとっていますが、本作はその中でも珍しい、弦楽合奏のみ(管楽器なし)の編成で書かれた短調の交響曲です。クラシックの形式が確立していく過渡期の瑞々しい息吹を感じさせる、引き締まったドラマチックな名品です。
【聴きどころ】
1)緊迫感あふれる第1楽章の劇的な幕開け
ハ短調という調性ならではの、激しく突き上げるような躍動感を持った冒頭主題が印象的です。ソナタ形式の先駆けとなる構造を持っており、引き締まった弦楽の響きが心地よい緊迫感を生み出しています。
2)短調と対比をなす優美な中間楽章
激しい両端楽章に挟まれた第2楽章のアンダンテでは、一転して弦楽器がそっと寄り添うような美しく叙情的なメロディを奏でます。哀愁を帯びつつも、どこか気品のある優雅な響きを楽しめます。
3)一気に駆け抜ける疾走感満載のフィナーレ
最終第3楽章は、3拍子の急速なテンポで書かれた非常にきびきびとした音楽です。複雑な展開を排したシンプルでストレートな構成だからこそ、弦楽合奏のスピード感とダイナミックな推進力がダイレクトに伝わってきます。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ハーシェル、ウィリアム:交響曲第8番ハ短調
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