一日一曲(1925)スクルテ、ブルーノ:憧れ

 本日は、没後50年(1976年5月19日没)を迎えらえたラトビアの作曲家、ブルーノ・スクルテさんの曲をご紹介します。

【ブルーノ・スクルテ:祖国の合唱文化に情熱を捧げ、亡命先でもラトビアの魂を響かせ続けた情熱の音楽家】
 ブルーノ・スクルテ(Bruno Skulte)は1905年2月22日、キエフ(現キーウ)で生まれました。1920年代に家族とともにラトビアのリガへ移住した彼は、1930年代にラトビア音楽院で現代ラトビア音楽の巨匠ヤーゼプス・ヴィートルスに作曲を、ヤーニス・メディニシュに指揮を学び、1937年に卒業しました。ドイツやオーストリアで指揮法を磨いた後、ラトビア・ラジオの音楽監督を務めて初期作品を精力的に発表し、後にリエパーヤ歌劇場の芸術監督に就任しました。
 しかし第二次世界大戦の勃発とソ連による二度目の占領が迫ると、その猛威を恐れた多くのラトビア人難民とともにドイツへ逃れざるを得なくなりました。困窮を極めた難民キャンプ生活の中でも創作の情熱を失わず、オルデンブルクで合唱団や難民音楽家によるオペラ・カンパニーを組織するという偉業を成し遂げました。
 1949年にアメリカへ移住すると、ニューヨークのラトビア・ルーテル教会のオルガニストに就任し、複数の合唱団の指揮者として活動を開始しました。北米で再開された「ラトビア歌と踊りの祭典」では、鋭い面立ちと情熱的な振る舞いで数千人規模の大合唱団を力強く牽引し、最も絶大な人気を誇る指揮者の一人となりました。ソ連占領下の母国では彼の作品は「愛国主義的すぎる」「ラトビア的すぎる」として禁止されていましたが、独立回復後は歌劇《人狼の継承者》をはじめとする作品が本国へと帰り、今やラトビア音楽史の重要な遺産として高く評価されています。生涯を通じて祖国ラトビアへの愛を旋律に込め続けた彼は、1976年5月19日、亡命先であるニューヨークでその生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:憧れ(Aijā)】
 テオドールス・トムソン(Teodors Tomsons)の詩「Longing」に寄せて作曲された、故郷への深い想いが込められた合唱曲です。タイトルの「Aijā」はラトビア語の子守歌のあやし言葉であり、静まり返る深い森や爽やかな野原の風景とともに、二度と戻ることのできない愛すべき祖国ラトビアへの惜切なる情愛と郷愁が叙情的に描かれています。

【聴きどころ】
1)冒頭の静寂が織りなす神秘的な美しい響き
 曲の冒頭では「静まり返る木々や野原、遠くの森」が、美しく繊細な和声と旋律によって静謐に描かれます。自然の息づかいを感じさせる繊細な合唱の響きが、聴く者を一瞬でノスタルジックな世界へと引き込みます。

2)溢れ出る旋律と情感豊かな旋律美
 19世紀ロマン派の伝統に深く根ざしたスクルテらしい、情熱的で親しみやすい旋律線が魅力です。エモーショナルでありながら誠実なメロディラインが、ラトビア独特の哀愁をダイレクトに伝えてくれます。

3)故郷への切ない「情熱的クライマックス」
 曲の中盤から後半にかけて、遠い祖国への溢れんばかりの情熱と切ない想いが合唱の音量を増しながらダイナミックに展開されます。遠く離れた地から母国を想い続けた作曲家の切実な祈りと深い愛が胸を打つ聴きどころです。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
スクルテ、ブルーノ:憧れ

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