一日一曲(1848)ヘンツェ、ハンス・ヴェルナー:王宮の冬の音楽 ギター・ソナタ第1番

 本日は、生誕100年(1926年7月1日生)を迎えらえたドイツの作曲家、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェさんの曲をご紹介します。

【ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ:劇的な音響とあふれる抒情性で20世紀後半の音楽界を牽引し続けた、現代ドイツの巨匠】
 ハンス・ヴェルナー・ヘンツェは1926年7月1日、ドイツ北西部のギュータースローに生まれました。幼少期から音楽の才能を示したものの、ナチス政権下の抑圧や第二次世界大戦への応召など、多感な時期に戦争の悲劇を身をもって経験します。復員後の1946年、ハイデルベルク教会音楽研究所に入学し、フォルストナーやレイボヴィッツに師事して当時ドイツで解禁されたばかりの十二音技法を急速に吸収しました。1950年にはヴィースバーデン国立劇場のバレエ指揮者に就任し、初期の代表作を発表して頭角を現します。しかし、当時のドイツ前衛音楽界の教条的な風潮に息苦しさを感じた彼は、1953年にイタリアへ移住を決意しました。ナポリやイスキア島、のちにローマ近郊のマリーノを拠点とし、地中海の明るい光と豊かな抒情性を自らの音楽に融合させていきます。この「イタリア期」には、色彩豊かなバレエ音楽や数々のオペラが生まれ、世界的な名声を確立しました。1960年代後半になると、キューバ革命やベトナム戦争などの社会情勢に強い影響を受け、政治的・社会的メッセージを前面に押し出した「参加(コミットメント)の音楽」へと作風を大きく転換させます。オラトリオ『メドゥーサの筏』の初演で暴動が起きるなど、常に時代の議論の中心に身を置きました。晩年は特定の政治的イデオロギーから距離を置き、より内省的で洗練された純音楽の世界へと回帰していきます。日本との関わりも深く、1985年には札幌交響楽団の委嘱作を発表したほか、2000年には高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しました。2012年10月27日、長年暮らしたイタリアのマリーノ近郊にある、ドレスデン(ドイツ)の病院にて86歳でその波乱に満ちた生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:『王宮の冬の音楽(ロイヤル・ウィンター・ミュージック)第1番(ギターソナタ第1番)』(1975〜1976年)】
 この作品は、イギリスの名ギタリストであるジュリアン・ブリームの委嘱によって、1975年から1976年にかけて作曲されました。シェイクスピアの戯曲に登場する人物たちをテーマにした全6楽章からなる大規模なソナタ(組曲)です。
 現代音楽の複雑な語口を用いながらも、それぞれのキャラクターの性格や心理が演劇的に、そして極めて雄べんに表現されています。ギターという楽器が持つ繊細なニュアンスから、まるでオーケストラが鳴り響いているかのようなダイナミックな響きまで、楽器の可能性を極限まで突き詰めた20世紀ギター音楽の金字塔です。 
 今回は、イタリアの名手ステファノ・グロンドーナによるアルバム(STR37367)の演奏をベースに、楽譜の出版史を揺るがした「幻の間奏曲」の謎とともに、全6楽章の魅力を余すことなくご紹介します。

【聴きどころ】
1)楽譜から消されていた幻の間奏曲「リトルネッロ」の復活
 ヘンツェは本来、シェイクスピアの舞台転換をイメージし、各楽章を繋ぐ「景の音楽」として短い共通の間奏曲『リトルネッロ』を曲の各所に挿入するよう作曲していました。しかし、1980年に初演者ブリームの校訂で楽譜が出版された際、なぜかこのリトルネッロはすべて省略されてしまったのです。
2001年の再版でようやく「任意の付録」として復元されたこのピースですが、グロンドーナの演奏では、第1番の各楽章の前後に計7回にわたって大胆に挿入されています。演奏ごとに音色やアーティキュレーション(音の明瞭な区切り方)が繊細に変化し、劇の幕が上がり、また閉じていくような素晴らしい立体感を生み出している点にぜひ耳を傾けてみてください。
2)第1楽章「グロスター」における強烈なキャラクター描写
 史劇『リチャード三世』の主人公となる冷酷な野心家、グロスター公の姿を描いています。冒頭の引き裂くような不協和音と重々しい足音を思わせるリズムは、彼の身体的な特徴や、内に秘めた歪んだ権力欲を驚くほどリアルに表現しています。グロンドーナの演奏では、最新の録音・編集技術も駆使され、ラストに向けてギターの音響限界に挑むような圧倒的な迫力が迫ってきます。
3)第2楽章「ロミオとジュリエット」に息づく、現代の抒情美
 ヘンツェの真骨頂である美しい抒情性が最も発揮されている楽章です。伝統的な甘いメロディではなく、無調的なアプローチでありながらも、若き恋人たちの純粋な愛と、彼らを待ち受ける過酷な運命の切なさが、ギターの繊細なアルペジオに乗せて密やかに歌い上げられます。グロンドーナが選んだゆったりとしたテンポが、楽器の豊かな残響を周囲の空間へと溶け込ませ、えも言われぬ深いノスタルジーを醸し出します。
4)第3楽章「アリエル」が魅せる、空気の精霊の飛翔
 喜劇『テンペスト』に登場する、自由を渇望する空気の精霊アリエルが主役です。変幻自在に空を飛び回るアリエルのキャラクターを表現するかのように、音楽は非常に機敏で、軽やかで、浮遊感に満ちています。ギターの弦を特殊な方法で弾く「拡張された奏法(extended techniques)」が効果的に使われており、まるでアリエルが耳元をすり抜けていくような不思議な音響を体験できます。
5)第4楽章「オフィーリア」の alienation(異化・疎外)された悲劇の歌
 悲劇『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアが狂気に陥り、川に溺れていく悲痛な場面が描かれます。ギターの音はまるで彼女の途切れ途切れの、うわ言のような「疎外された歌」に寄り添うように進み、最後は水の中に深く沈み込んでいくかのように、静かに、そして儚く音が消え入ります。その息をのむような静寂の表現は、聴き手の心を掴んで離しません。
6)第5楽章「タッチストーン、オードリーとウィリアム」のコミカルな対話
 牧歌劇『気に召すまま』から、宮廷道化師タッチストーンと田舎者のウィリアムが、羊飼いの娘オードリーの尊い手を巡って争うユーモラスな一幕です。原作のシェイクスピア劇では宮廷人のタッチストーンが知略で簡単に勝利しますが、ヘンツェは敗者や社会的弱者(アンダードッグ)に対して強い愛着を持っていたため、この楽曲では田舎者ウィリアムにもより多くの活躍の場を与え、音楽的な葛藤をより不確かに、かつ生き生きと描いています。異なる3人のキャラクターが、1本のギターの中でコミカルに対話する様子が実に見事です。
7)第6楽章「オベロン」がもたらす、神秘的な和解と余韻
 第1番を締めくくるのは、『夏の夜の夢』に登場する妖精の王オベロンです。夜の闇、夢、そして人間の無意識を司るオベロンは、この壮大なソナタの最後において、これまでの愛憎や葛藤を包み込む「曖昧でミステリアスな和解者」としての役割を果たします。複数の声部が複雑に絡み合う高度な対位法(対話)が駆使され、最後は夢のなかに溶けていくように静かに全曲を結びます。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ヘンツェ、ハンス・ヴェルナー:王宮の冬の音楽 ギター・ソナタ第1番

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