一日一曲(1964)クープラン、ルイ

 いつも愛用しているNML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)が、10月7日からシステム障害により利用できなくなっています。そのうち復活するのではないかと思っていたのですが、復旧には思いのほか時間がかかっています。10月20日時点の発表では、復旧まであと1週間程度とのこと。何とか今月中に復活してほしいものです。

 本日は、生誕400年(1626年頃生)を迎えられたフランスの作曲家、ルイ・クープランさんをご紹介します。

【ルイ・クープラン:即興的なプレリュードと大胆な和声でフランス鍵盤音楽に新たな息吹を吹き込み、名門クープラン一族の繁栄を切り開いた、17世紀フランス・バロック音楽の革新者】
 ルイ・クープラン(Louis Couperin)は、1626年頃、フランスのパリ東方に位置するショーム=アン=ブリに生まれました。父シャルルはオルガンも演奏する音楽家で、弟のフランソワとシャルルも音楽の道に進みました。後にフランス・バロック音楽を代表する作曲家となるフランソワ・クープラン(大クープラン)は、ルイの甥にあたります。
 若い頃のルイは、故郷で法律関係の書記として働いていましたが、音楽の才能にも恵まれていました。1650年頃、弟たちとともに宮廷クラヴサン奏者ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエールのために演奏したところ、その才能を高く評価され、パリへ招かれたと伝えられています。
 パリに進出したルイは、クラヴサン奏者、オルガニストとして急速に頭角を現し、1653年には名門サン=ジェルヴェ教会のオルガニストに就任しました。この職は、その後長くクープラン一族によって受け継がれることになります。また、ルイ14世の宮廷でもヴィオール奏者として活躍し、宮廷バレエの演奏にも参加しました。恩人シャンボニエールに代わって宮廷クラヴサン奏者になるよう求められた際には、恩義を重んじて辞退したという逸話も残されています。
 作曲家としてのルイは、フランスの優雅な舞曲様式を土台としながら、イタリアやドイツの鍵盤音楽にも通じる大胆な和声と自由な表現を追求しました。とりわけ、音符の長さや拍節を厳密に指定しない「プレリュード・ノン・ムジュレ(無拍節前奏曲)」は、演奏者の即興的な感性を生かす独創的な作品として知られています。また、パッサカリアやシャコンヌでは、繰り返される低音や和声の上に豊かな変奏を展開し、深い感情表現を実現しました。
 その創作活動はわずか十数年ほどでしたが、約130曲のクラヴサン作品、約70曲のオルガン作品のほか、ヴィオールのための合奏曲などを残しました。作品の多くは生前に出版されず、後世の写本によって伝えられています。
 1661年8月29日、パリで35歳前後の若さで亡くなりました。短い生涯ながら、フランスの鍵盤音楽に新しい表現の可能性を切り開き、後に続く作曲家たちへ大きな影響を与えました。

【代表曲】
1)《フローベルガー氏を模したプレリュード》イ短調
 ドイツの鍵盤音楽家フローベルガーへの敬意を示す前奏曲。拍の流れに縛られない自由な筆致と、予想外の和音の移ろいが、即興演奏を聴くような緊張感を生み出します。

2)《パッサカリア》ハ長調
 低音の反復を土台に、上声が次々と姿を変える変奏曲。穏やかな出発から装飾と和声が豊かに重なり、荘重さの中に舞曲特有の推進力が感じられます。

3)《ブランクロシェ氏の墓》ヘ長調
 1652年に不慮の事故で亡くなったリュート奏者ブランクロシェを悼む追悼曲。下行する音型と痛切な不協和音が交錯し、深い悲しみを静かに語りかけます。

4)《パヴァーヌ》嬰ヘ短調
 当時の鍵盤曲としては非常に珍しい嬰ヘ短調で書かれた、荘重で内省的な舞曲。ゆっくりと進む旋律と陰りのある和声が、クープランの大胆な感性を伝えます。

5)《シャコンヌ「嘆き」》ニ短調
 「ラ・コンプレニャント」と呼ばれるニ短調のシャコンヌ。反復される舞曲の枠組みに切ない旋律と微妙な和声の変化を織り込み、抑えた悲しみを浮かび上がらせます。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です