一日一曲(1803)プジョール、ジョアン・パウ:死者のためのミサ曲
本日は、没後400年(1626年5月17日没)を迎えらえたカタルーニャの作曲家、ジョアン・パウ・プジョールさんの曲をご紹介します。
【ジョアン・パウ・プジョール:ルネサンスの気風を継ぎ、カタルーニャの魂を歌い上げたバルセロナ大聖堂の巨匠】
ジョアン・パウ・プジョールは1570年6月、スペインのカタルーニャ地方にあるマタローで生を受けました。彼の初期の足跡は詳らかではありませんが、1593年までにはバルセロナ大聖堂の楽長補佐を務めていたことが記録されています。同年後半にはタラゴナ大聖堂の楽長に就任し、さらに1595年にはサラゴサのピラール聖母騎士団の楽長という要職に就くなど、若くしてその才能を認められていきました。そして1612年、彼は再びバルセロナに戻り、バルセロナ大聖堂の楽長に正式に就任しました。
バルセロナ時代の彼は、大聖堂での務めにとどまらず、カタルーニャ自治政府(パラウ・デ・ラ・ジェネラリター)の主要な祝祭、特に聖ジョルディの日(サン・ジョルディ)のための音楽も数多く提供しました。彼の蔵書にはパレストリーナやビクトリアといったルネサンスの巨匠たちの楽譜が並び、その作風は厳格な伝統を重んじながらも、当時の新しいイタリア音楽の息吹も取り入れたものでした。
プジョールは1626年5月17日、バルセロナの地でその生涯を閉じました。彼の没後、その職は弟子の一人であるマルシア・アルバレダへと引き継がれました。
【本日のご紹介曲:死者のためのミサ曲(レクイエム)(Missa pro defunctis / Requiem)】
作曲年:1614年(この年に出版された4声のための曲集に収録)
プジョールが遺した唯一のレクイエムであり、彼の代表作の一つです。当時はカタルーニャ政府の要職にあった人物の葬儀などで歌われていたと考えられています。16世紀のルネサンス・ポリフォニー(多声合唱)の伝統的な精神を色濃く反映しており、祈りに満ちた敬虔な響きが特徴です。
【聴きどころ】
1)グレゴリオ聖歌との融合
各セクションの冒頭はグレゴリオ聖歌の単旋律で始まり、そこから豊かな多声楽(ポリフォニー)へと自然に展開していく構造が見事です。聖歌の旋律が曲全体のインスピレーションの源となっています。
2)対照的な響きの美しさ
複雑な旋律が絡み合う「模倣対位法」のセクションと、全ての声部が同時に和音を奏でる静かなセクションが交互に現れます。この動と静のコントラストが、深い感動を呼び起こします。
3)ルネサンス黄金時代の継承
パレストリーナやビクトリアといった巨匠たちの技法を完璧に習得したプジョールならではの、均整の取れた美しい響きを堪能できます。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
プジョール、ジョアン・パウ:死者のためのミサ曲
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