一日一曲(1815)シュチェパーン、ヨーゼフ・アントニン:ソナタ ト短調「マリアツェルの行列」

 本日は、生誕300年(1726年3月14日生)を迎えらえたボヘミア(現在のチェコ)出身の作曲家、ヨーゼフ・アントニン・シュチェパーンさんの曲をご紹介します。

【ヨーゼフ・アントニン・シュチェパーン:ウィーン宮廷の寵愛を受け、ハイドンやモーツァルトへ道筋をつけた盲目の鍵盤詩人】
 ヨーゼフ・アントニン・シュチェパーン(Joseph Anton Steffan)は1726年3月14日、ボヘミア北東部の小さな村コピドルノに、教師でありオルガニストでもあった父の息子として生まれました。幼少期から父に音楽の才能を見出されますが、1741年のプロイセン軍による侵攻という動乱の中で故郷を離れることになります。幸運にも領主シュリック伯爵の随行員としてウィーンへ向かった彼は、そこで当時の名匠ワーゲンザイルに師事し、瞬く間に頭角を現しました。
師が体調を崩すと代わって宮廷での公務を担い、当時流行していたイタリア風の名を名乗って1759年から1776年にかけて創作の黄金期を築きます。当時の批評家は彼をハイドンやバッハと並ぶ最高の作曲家の一人と称賛し、女帝マリア・テレジアも彼を重用して皇女たちの音楽教師に任命しました。しかし1775年、キャリアの絶頂期に完全失明という過酷な運命に見舞われます。それでも女帝の信頼は厚く、生涯にわたる多額の年金を保証された彼は、光を失った後も後進の指導や作曲活動を粘り強く続けました。
1797年4月12日にウィーンで71歳の生涯を閉じますが、その心は最後まで故郷と共にありました。遺言により、遺された財産のすべては故郷の貧しい子供たちのための教育や楽器の購入に充てられたのです。

【本日のご紹介曲:ソナタ ト短調 S.20 「マリアツェルの行列」】
 この作品は、1760年頃にウィーンで出版された「ソナタ集 第2巻」に収められた、シュチェパーンの独創性が際立つ名品です。当時のウィーンで盛んだったマリアツェルへの巡礼の旅を描写したもので、楽譜に書き込まれた数々の具体的な指示は、音楽史における「標題音楽」の先駆的な例としても極めて重要です。

【聴きどころ】
1)聴きどころ「登り」と「下り」の鮮やかな対比
 第1楽章では「アンナは山を登る」との指示と共に、左手が上昇するバス音の上で装飾音(ドッペルシュラーク)を執拗に繰り返し、足取りの重い登山の様子を見事に描写しています。一方、「山を下る」部分では一転して軽やかな下降ラインが現れ、重力から解放されたような安らぎを感じさせます。
2)「先唱者」と「民衆」が交わす祈りの対話
 第3楽章では古いドイツ語の祈祷テキストが意識されており、1人での歌唱(ソロ)と、それに応える民衆の合唱(トゥッティ)が1台の楽器で弾き分けられます。一組の弦のみを鳴らす「上段鍵盤」で繊細な先唱者の声を、三組の弦を重ねる「下段鍵盤」で厚みのある民衆の合唱を表現しており、音の密度の違いによって教会に響く信仰の対話を見事に再現しています。
3)形式に縛られない「意識の流れ」によるドラマ
 このソナタは、当時の主流だった「急―緩―急」という定型的な形式に従っていません。ト短調で始まり、次々と調性を変えながら即興的に展開し、最終的に変奏曲で締めくくられるという、約23分に及ぶ壮大な「意識の流れ」のような構成をとっています。巡礼の旅の始まりから終わりまでを一つの物語として描き切る、シュチェパーン特有の自由で劇的な音楽作法が凝縮されています。

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
シュチェパーン、ヨーゼフ・アントニン:ソナタ ト短調「マリアツェルの行列」

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