一日一曲(1845)チェンベルジー、カティア:Ma’or
本日は、昨日ご紹介した作曲家の孫娘であるロシアの作曲家、カティア・チェンベルジーさんの曲をご紹介します。
【カティア・チェンベルジー:モスクワの栄えある音楽家系に生まれ、ベルリンの地から現在も瑞々しく深遠な響きを発信し続ける現代のトップランナー】
カティア・チェンベルジー(Katia Tchemberdji / ロシア語名:エカテリーナ・ウラジーミロヴナ・チェンベルジー)は、1960年5月6日、ソビエト連邦(現ロシア)のモスクワに生まれました。東西の壁崩壊直後にドイツへと渡り、2026年現在もベルリンを拠点に、国際的な現代音楽シーンの第一線で精力的に活躍を続けています。
彼女の家系は、ソ連の音楽史に燦然と輝く芸術一家でした。祖父のニコライ・チェンベルジー、そして祖母のザーラ・アレクサンドロヴナ・レーヴィナはいずれも国家的な評価を得た大作曲家であり、父親のウラジーミル・ポズナーは著名なジャーナリスト、母親のヴァレンティナ・チェンベルジーは言語学者で音楽家という、圧倒的な文化的薫り高い環境で育ちました。チェンベルジーは7歳から本格的に音楽を学び始め、早くからその非凡な才能を開花させます。
1978年には名門モスクワ音楽院に入学し、作曲をニコライ・コルンドルフに、音楽理論をユーリ・ホロポフという現代音楽の重鎮たちに師事しました。同音楽院を卒業後の1984年から1990年にかけては、グネーシン音楽学校で教鞭を執り、若い才能の育成にもあたりました。
彼女のキャリアにおける最大の転機は、1990年の西ベルリンへの移住でした。激動するヨーロッパの新しい空気の中で、彼女はピアニスト、そして作曲家としての国際的な名声を確固たるものにしていきます。「ベルリン・フェストシュピーレ」やフィンランドの「クフモ室内楽フェスティバル」など、世界各地の著名な音楽祭から次々と委嘱を受け、その作品はヒリアード・アンサンブルやシャローン・アンサンブルといった一流の演奏家たちによって世界中で演奏されてきました。また、映画音楽の分野でもロシアやドイツの映像作品に深く関わっています。
近年もその創作意欲は衰えることがなく、2021年にはアルバム『Incidental Music』や、子供のためのピアノ作品集『Surprises』を発表。さらに、自身のルーツである祖母ザラ・レヴィナの作品を自らのピアノ演奏や編曲によって現代に蘇らせる録音プロジェクト(Capriccioレーベルなど)を主導するなど、現代の息吹を吹き込んだ音楽の発信を休むことなく続けています。
【本日のご紹介曲:『Ma’or(マオール)』】
『Ma’or(マオール)』は、チェンベルジーが2003年に作曲した、無伴奏クラリネットのための作品です。タイトルの「Ma’or」とは、ヘブライ語で「光」あるいは「天体(発光体)」を意味しています。
伴奏楽器を一切伴わず、クラリネットというたった一本の管楽器だけで演奏されるため、楽器が持つ本来の温かい音色や、息づかいがダイレクトに伝わってくる純度の高い作品です。全4楽章で構成されており、静けさと情熱、そして神秘的な響きが万華鏡のように変化していきます。現代音楽でありながら、どこか東洋的で祈りにも似たエキゾチックな旋律が息づいており、耳に心地よく響く親しみやすさを持っています。
【聴きどころ】
1)クラリネット1本が描く圧倒的な「光」の明暗
ヘブライ語の「光」というタイトルの通り、時に柔らかく差し込む木漏れ日のような優しさ、時に鋭くきらめく閃光のような激しさが、たった一つの楽器から生み出されます。音が空間に溶けていくグラデーションの美しさは息をのむほどです。
2)感情が揺れ動く全4楽章のコントラスト
優美で表情豊かな第1楽章(Dolce espressivo)から、一転してスピーディーでスリリングな第2楽章(Allegro molto)、深い悲哀をたたえた第3楽章(Tempo rubato con dolore)、そして最後は静寂の中へと消えていく神秘的な第4楽章(Misterioso e calmo)へと至る、劇的なストーリー展開を楽しめます。
3)演奏者の呼吸が生み出す「生」のリアリティ
無伴奏曲ならではの魅力として、フレーズの合間に聞こえる演奏者の息づかいや、音の立ち上がりの緊張感が挙げられます。静まり返った空間に響く一音一音が、まるで生き物のように立体的に迫ってくるリアルな音響体験を味わうことができます。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
チェンベルジー、カティア:Ma’or
チェンベルジー、カティア:Ma’or(amazon music)
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