一日一曲(1776)ウェズリー、サミュエル・セバスティアン:ホルズワージー教会の鐘
本日は、没後150年(1876年4月19日没)を迎えらえたイギリスの作曲家兼オルガニスト、サミュエル・セバスティアン・ウェズリーさんの曲をご紹介します。なお、サミュエル・セバスティアン・ウェズリーさんの血縁者を含めて3日連続でUPいたします。本日はまず記念年の作曲者からです。
【サミュエル・セバスティアン・ウェズリー:一族の才能を継承し、英国教会音楽に近代の息吹を吹き込んだ革新のオルガニスト】
サミュエル・セバスチャン・ウェズリーは、1810年8月14日にロンドンで生まれました。父サミュエルが心酔したJ.S.バッハにちなみ「セバスチャン」の名を授かった彼は、まさに英国音楽界のサラブレッドとして生を受けました。幼少期から王立礼拝堂の合唱隊員として活動し、時の国王ジョージ4世のお気に入りとなるほど、その才能は早くから開花していました。
10代半ばでロンドンの教会オルガニストに就任したのを皮切りに、彼は英国各地の大聖堂を渡り歩くことになります。1832年にヘレフォード大聖堂、その後エクセター、ウィンチェスター、そして最後はグロスター大聖堂と、常に教会の音楽的中心地に身を置きました。当時の英国教会音楽は、合唱隊の技術低下や劣悪な待遇により危機的な状況にありましたが、彼は当局と激しく対立しながらも、聖歌隊の増員や楽譜の整備といった抜本的な改革を断行しました。その妥協のない姿勢は、時に周囲との摩擦を生みましたが、同時に英国教会音楽の芸術的地位を飛躍的に向上させる原動力となりました。
作曲家としては、それまでの保守的なスタイルを打ち破り、大胆な転調や色彩豊かな和声を取り入れた革新的なアンセムを数多く残しました。私生活では熱狂的な釣り愛好家として知られ、新しい赴任先を決める際にも「近くに良い釣り場があるか」を最優先事項にするという、当時の権威ある音楽家としては非常に人間味あふれる一面を持っていました。1876年4月19日、グロスターにてその波乱に満ちた生涯を閉じましたが、彼の築いた「情熱的な音楽の追求」という伝統は、現代の英国合唱文化の中に今も息づいています。
【本日のご紹介曲:ホルズワージー教会の鐘 (The Holsworthy Church Bells)】
1874年頃に作曲された、彼の晩年を象徴するオルガンのための変奏曲です。デヴォン州にあるホルズワージー教会の鐘楼が新設された際、その鐘の音を記念して書かれました。
【聴きどころ】
1)郷愁を誘う美しい「鐘」の主題
冒頭で提示される、優しく、どこか懐かしいメロディが最大の特徴です。実際の教会の鐘の音を模したといわれるこの主題は、一度聴いたら忘れられないほど親しみやすく、穏やかな幸福感に満ちています。
2)変化に富んだ変奏の技法
単純なメロディが、変奏を重ねるごとに色彩豊かに変化していきます。右手の軽やかなパッセージや、対位法を用いた緻密な構成など、オルガニストとしても超一流だったウェズリーの技巧とセンスが随所に光ります。
3)オルガン特有の豊かな響き
静かな祈りのような部分から、教会の空間全体を鳴らすような力強い響きまで、オルガンという楽器の持つ多様な表情を楽しむことができます。特に後半、音が重なり合いながら高揚していく場面は、聴き応えが十分です。
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ウェズリー、サミュエル・セバスティアン:ホルズワージー教会の鐘
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