一日一曲(1839)ツェヒリン、ルート:墓碑銘

 本日は、生誕100年(1926年6月22日生)を迎えられたドイツの作曲家兼チェンバロ奏者、ルート・ツェヒリンさんの曲をご紹介します。

【ルート・ツェヒリン:東ドイツの現代音楽界を牽引し、バッハの伝統と20世紀の前衛手法を融合させた稀代の女性鍵盤奏者】
 ルート・ツェヒリン(旧姓オシャッツ)は、1926年6月22日にザクセン自由州のグロースハルトマンスドルフにて、教育者の両親のもとに生まれました。幼少期から非凡な音楽の才能を示し、5歳でピアノを始め、わずか7歳で最初の作曲を行うなど、早くから音楽の道を歩み始めました。
 第二次世界大戦中の1943年、ライプツィヒ音楽院に入学します。ヨハン・ネポムク・ダヴィートに作曲と合唱指揮を学び、戦後はカルル・シュトラウベやギュンター・ラミンといった巨匠のもとでオルガンや即興演奏の技術を徹底的に磨き上げました。1949年に国家試験に合格した後は、ライプツィヒのニコライ教会で副オルガニストを務めるなど、バッハの伝統が色濃く残る環境でキャリアをスタートさせます。
 1950年からは東ベルリンに拠点を移し、新設されたハンス・アイスラー音楽大学で教鞭を執るようになりました。ハンス・アイスラーやルドルフ・ワグナー=レゲニーらと交流を持ち、新ウィーン楽派の十二音技法などの前衛的な手法を吸収していきます。1952年にはピアニストのディーター・ツェヒリンと結婚(1971年に離婚)し、この頃からチェンバロ奏者としてもヨーロッパ各地で華々しい演奏活動を展開しました。
 1969年には同大学の作曲科教授に就任し、東ドイツ芸術アカデミーの正会員としてマスタークラスを主宰するなど、教育者として多大な足跡を残しました。彼女の作風は、バッハ譲りの厳格な対位法を基礎としながらも、トーン・クラスターや限定されたアレアトリー(偶然性の音楽)といった現代的な音響を巧みに取り入れた、独自のシャープな音世界が特徴です。
 1990年の東西ドイツ統一後はバイエルン州へ移住し、パッサウやミュンヘンで晩年を過ごしました。この時期にはプロテスタントからカトリックへと改宗し、多くの宗教的なオルガン曲や合唱曲を手がけています。生涯で300曲を超える作品を世に送り出した彼女は、2007年8月4日、ミュンヘンにて81歳でその激動の生涯を閉じました。

【本日のご紹介曲:『墓碑銘(エピタフ)』】
 『墓碑銘(エピタフ、Epitaph)』は、ルート・ツェヒリンが東ドイツ時代の1973年に作曲した、ソロ・チェンバロのための現代音楽作品です。「墓碑銘」というタイトルの通り、過去の偉大な魂への哀悼や、生と死への深い瞑想が込められた、非常に張り詰めた緊迫感を持つ名作です。
 古楽器としてのイメージが強いチェンバロですが、20世紀の現代音楽においても、その鋭いアタック音や特有の減衰音が新しい音響素材として好まれました。ツェヒリン自身が優れたチェンバロのヴィルトゥオーゾ(名手)であったからこそ、楽器の限界に挑むような多彩な奏法と、ドラマチックな構成が見事に結実しています。

【聴きどころ】
1)激しく強烈な「音のクラスター(塊)」
 曲の随所で、チェンバロの鍵盤を叩きつけるような激しい不協和音の塊(クラスター)が響き渡ります。優雅な宮廷楽器というチェンバロのイメージを覆す、パーカッシブで原始的なエネルギーに圧倒されます。
2)伝統的な「対位法」と現代の響きの融合
 バッハの伝統を受け継ぐツェヒリンらしく、混沌とした現代的な響きの中にも、計算された緻密な声部の掛け合い(対位法)が息づいています。音の線と線が複雑に絡み合う構築美は一聴の価値があります。
3)静寂と饒舌が織りなす劇的なコントラスト
 マシンガンのように激しく音符が敷き詰められる過激な部分と、ぽつり、ぽつりと静寂の中に音が消え入る瞑想的な部分が鮮やかに対比されます。張り詰めた緊張感が、一瞬の静寂によってより一層際立ちます。

 本日は作曲者の自作自演でどうぞ!

NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
ツェヒリン、ルート:墓碑銘

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