一日一曲(1827)コルテーゼ、ルイジ:フランス組曲
本日は、没後50年(1976年6月10日没)を迎えらえたイタリアの作曲家、ルイジ・コルテーゼさんの曲をご紹介します。
【ルイジ・コルテーゼ:フランスの洗練された薫りとイタリアの情熱的な色彩を融合させ、独自のネオ・クラシズムを貫いた独自の道】
ルイジ・コルテーゼは1899年11月19日、イタリアのジェノヴァに生まれました。ジェノヴァ人の父親と、イタリア系フランス人の母親の間に生まれた彼は、幼少期から自然と2つの言語を操り、フランス文化やパリに対して強い憧れを抱くようになります。1924年に大学を卒業して数学の学位を取得すると同時に、音楽院でピアノのディプロマ(学位)も取得しました。
最終的に音楽の道を選んだコルテーゼは、憧れの地パリへと移住します。そこでアンドレ・ジェダルジュに和声を、エルンスト・レヴィに作曲を、そして名手アルフレッド・コルトーにピアノを師事しました。パリの洗練された文化に身を置き、初期の作品にはフランス風に「ルイ・コルテーゼ」と署名していたほどでした。その後イタリアへ戻ると、当時ヨーロッパの最先端の音楽に精通していた高名な作曲家、アルフレド・カゼッラに師事します。カゼッラとの出会いは決定的なものとなり、コルテーゼはウィーン楽派の音楽に対抗するような、色彩と情緒に富んだラテン的・地中海的なスタイルの確立を目指すようになりました。
1930年代には音楽批評家としても活動しながら、1932年に『2つのペルシャの歌』、1936年に『弦楽オーケストラのためのセレナード』、1938年にオラトリオ『ダヴィデ、羊飼いの王』を発表するなど作曲家としての地位を固めました。第二次世界大戦中も自らの信念を曲げず、1943年には深い宗教性を湛えた『詩篇第8番』を作曲、さらに暗黒の時代における正義と人道への信仰を込めてオペラ『プロメテオ』の作曲に没頭しました。
戦後は郷土ジェノヴァの文化復興の旗振り役となり、1945年にジェノヴァ・フィルハーモニー協会を設立して大演奏家たちを招きました。1951年にはニコロ・パガニーニ音楽学校(後の国立音楽院)の校長に就任し、1954年に創設された「パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール」では、亡くなるまで芸術監督を務めました。晩年も熱心に作曲を続け、1976年6月10日にその生涯を閉じました。
【本日のご紹介曲:『フランス組曲(Suite Française)作品29』】
今回ご紹介するのは、コルテーゼが1951年に作曲したピアノのための名作『フランス組曲 作品29』です。この作品は、彼が若き日にパリでピアノを師事した偉大なピアニスト、アルフレッド・コルトーに捧げられました。18世紀フランスの古典的な組曲のスタイルを現代に蘇らせたもので、コルテーゼのピアノ音楽における最高傑作の一つとして高く評価されています。
【聴きどころ】
1)18世紀の気品を蘇らせた「ネオ・クラシズム(新古典主義)」
この組曲は、プレリュード、インヴェンツィオーネ、ガヴォット、ミュゼット、アリア、ロンドという6つの小品から構成されています。古き良き18世紀のフランス音楽のステップや情緒をベースにしながらも、20世紀の新鮮な感性と洗練されたタッチで、古いダンス形式に新たな命を吹き込んでいます。
2)どこまでもみずみずしく心地よい「ガヴォット」と「ミュゼット」
全曲を通じて、コルテーゼのみずみずしく快活なアイデアが溢れていますが、特に注目したいのが第3曲「ガヴォット」と第4曲「ミュゼット」です。聴いているだけで心が弾むような、親しみやすくチャーミングなメロディラインは、耳にとても心地よく響きます。
3)流麗な幕開けから華やかなフィナーレへの構成美
本作は滑らかで流れるような「プレリュード(前奏曲)」から一気に作品の世界へと引き込まれます。そして各曲を経て、最後に配置された生き生きとした「ロンド」の華やかな幕切れまで、全体の絶妙なテンポ感とコントラストの変化を楽しめるのも大きな魅力です。
本日は、貴重な自作自演盤でどうぞ1
NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリ)より(NML会員以外の方でも無料で試聴できます)
コルテーゼ、ルイジ:フランス組曲
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